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第37回土門拳賞

潮田登久子氏、写真集「本の景色 BIBLIOTHECA」 本の背景に息づく生

【ブロッコリー】(京都市 2008年)
【包帯】(早稲田大学図書館特別資料室 2003年)

 毎日新聞社主催の第37回土門拳賞選考会は、2月20日に東京都千代田区一ツ橋の毎日新聞社で開かれ、潮田登久子氏(78)に決定した。受賞対象となったのは写真集「本の景色 BIBLIOTHECA」(発行・ウシマオダ、発売・幻戯書房)。

     90人あまりの推薦委員から推薦された17作品の中から、潮田氏の作品の他、飯島幸永氏の写真集「暖流」(彩流社)、紀成道氏の写真集「Touch the forest,touched by the forest.」(赤々舎)、菱田雄介氏の写真集「border-korea」(リブロアルテ)が最終選考に残った。「本の景色 BIBLIOTHECA」は、潮田氏が確かな存在感を放つ古書を追い求め、図書館、古書店、個人の蔵書、出版社の編集室などで撮り続けたもの。人の手を経て変化した本の風貌、長い時間がもたらした重み、その本に触れた誰とも知れない人間たちの「生」が静かに迫ってくる。自然光のみの撮影により仕上げられたモノクロプリントが本の持つ背景を浮かび上がらせ、見る者を思索の旅へいざなう。

     長年にわたり八重山諸島へ足を運び島の人たちの生活をモノクロで活写した飯島氏の「暖流」、精神の病の患者たちと自然のふれあいを表現した紀氏の「Touch the forest,touched by the forest.」、韓国、北朝鮮双方を訪れ、政治体制と人間の存在との関係を写真で表した菱田氏の「border-korea」は潮田氏の作品には及ばなかった。


    【古書店主】(東京都文京区 2003年)

    受賞のことば モノとしての佇まいに惹かれ

     解体が決まり引っ越しを済ませたみすず書房旧社屋(東京都文京区)のガランとした書庫で、書架に取り残された白い本を見つけました。手に取って見とれてしまいました。本の内容について知りたかったのではありません。造本の美しさ、「モノ」としての佇(たたず)まいに惹(ひ)かれたのです。

     そうやって始まった「本」の姿を撮影する私に、「うちの大学の図書館を観(み)にいらっしゃい」などと声が掛かるようになり、国立国会図書館の施設を案内していただき撮影をする機会を得ました。大きな建物の中で「本の海に放り込まれてしまった」と、呆然(ぼうぜん)としてしまいました。

     本の内容はもちろん、本にまつわる数々について無知の私が、「モノ」として撮影するだけで良いのかという迷いが頭の隅に常にあり、それでも何ともいえぬ力に押され、撮影を止めることにはなりませんでした。

    【ワーグナーの直筆譜】(明治学院大学図書館 2005年)

     シバンムシが夜空の星屑(ほしくず)のように穿(うが)ち抜いた経文の修復作業の側(そば)では、戦後の貧しい時代の子ども達(たち)がむさぼり読んだであろう「サザエさん」もあり、子ども時代を思い出しました。

     痛々しく包帯を巻かれたボロボロの本に驚き、小学1年生が付せんでブロッコリーのようにした辞書に笑い、時代、社会、人々の営みを背景に無限に広がっている「本」の世界の魅力に気づいていきました。

     どこへも中判カメラ「ゼンザブロニカS2」(6X6判一眼レフカメラ 1965年発売)にニコンのレンズをつけ、モノクロのフイルムを装填(そうてん)、ジッツオ社の三脚、小さなレフ板を担いで出かけました。

     1995年から本と本の置かれている環境を主題に、撮り散らかし続けて20年以上が経(た)ちました。

     「冷蔵庫」「帽子」「本の景色」のテーマは現在進行形です。これからも少しずつ撮り続けて参ります。

     この度の受賞は青天の霹靂(へきれき)でございました。今後の励みにさせていただきます。潮田登久子


    選評 観る人の心を澄ますこと 鬼海弘雄

     今年の候補者は17人の多さ。経験を積み上げた写真家たちが、それぞれのテーマを誠実に追い続けた力作ぞろいで、審査する眼をよろこばせてもらった。

     多くの情報が気軽に取り込める動画の時代だからでしょう、カメラでの静止画像は「客観的」なものの積み重ねより、撮る人の私的気持ちを「世界」に絡めた作品がより多くなってきている気がします。それは「人間とは何か」という答えの無い永遠の問いをそれぞれの経験で質(ただ)すことの試みなのかも知れません。

     今回の受賞者潮田さんの「本の景色」は、本を撮った写真と言うよりも「本」が呼び起こす叡智(えいち)の光と情念の湿気がこもる森へと誘ってくれる。

     吟味された印刷。編集と美しい装幀(そうてい)は潮田さんの伴侶の島尾伸三さん。写真家は、義父母の小説家島尾敏雄さん、ミホさんの仕事ぶりを身近に接しては、知と情を作品に織りなす綾(あや)をつぶさに見続けてきたのであろう。

     潮田さんは本に積もった時間の層をあきらかにする寂光を探し、構図を求め、固定したカメラの焦点を合わせては深い息をしながら、どの本にもご苦労様と呟(つぶや)きながらシャッターを切ったに違いない。

     確かな暗室技術によって白黒印画紙に定着させられた静謐(せいひつ)なざわめき。どのページにも品性が漂っている。それは、本をゆっくり捲(めく)るひとたちの心を澄ませ、穏やかにしてくれる五感のシンフォニー。読者は何度も本たちの囁(ささや)きに浸ることになる。

     地道な関心の持続とその奥深い有機的森の成果に拍手。


    土門拳賞とは

     土門拳賞は、今日の写真文化の大きな流れのひとつをつくった土門拳の輝かしい業績をたたえ、毎日新聞社が創刊110年記念事業のひとつとして、1981年に制定。毎年、プロ・アマを問わず優れた成果をあげた写真家を表彰している。受賞記念展が東京・新宿と大阪のニコンプラザで開催され、作品は山形県酒田市の「土門拳記念館」で展示された後、同館に永久保存される。


    選考委員

     第37回の選考委員は池澤夏樹(作家)、大石芳野(写真家)、鬼海弘雄(写真家)、中村征夫(写真家)、松木健(毎日新聞東京本社編集編成局長)の5氏。


    潮田登久子さん

     ■人物略歴

    うしおだ・とくこ

     1940年東京都生まれ。写真家。63年桑沢デザイン研究所卒業。同研究所で写真家・大辻清司の授業を受け、写真家の道に進む。66~78年、桑沢デザイン研究所及び東京造形大学講師。78年よりフリーランス。主な写真集に「Chinese People」(私家版)、「冷蔵庫 ICE BOX」(BeeBooks)、「HATS」(パロル舎)。「BIBLIOTHECAシリーズ」の「みすず書房旧社屋」(2016年)、「先生のアトリエ」「本の景色」(いずれも17年、3冊とも幻戯書房)を刊行。夫は写真家・作家の島尾伸三、長女は漫画家・エッセイストのしまおまほ。

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