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第103回全国高校野球選手権

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18センバツ国栃 春の系譜~先輩からのメッセージ/中 「平常心」で臨み手応え /栃木

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桑名西戦で本塁打を放った茂呂(左)を笑顔で迎える国学院栃木の選手たち。平常心を貫き、リラックスした雰囲気で好結果を出した=阪神甲子園球場で1997年3月28日 拡大
桑名西戦で本塁打を放った茂呂(左)を笑顔で迎える国学院栃木の選手たち。平常心を貫き、リラックスした雰囲気で好結果を出した=阪神甲子園球場で1997年3月28日

 <第90回記念選抜高校野球>

1997年 学校の看板気にするな

 国学院栃木は昨秋、あらゆる状況を「想定内」と位置づけるメンタル強化が実り、センバツ切符獲得の大きな力になった。試合中、常に「平常心」を保つ姿勢は、1997年に10年ぶり2回目のセンバツに臨んだチームにも息づいていた。

 当時のチームが自信を深めたのは、96年の秋季県大会準決勝、宇都宮学園(現文星芸大付)戦だった。センバツ出場校選考の重要な参考資料となる秋季関東地区大会出場を懸けた大一番。第1シードで大会に臨んだ国栃だったが、終盤まで3-3と緊迫した展開を強いられた。しかし、慌てることなく八回に打線が奮起して一挙7点を奪ってコールド勝ち。「浮足立たず、平常心でプレーすれば自分たちは強い」と手応えを感じたという。

 チームは「打ち勝つ野球」を掲げ、96年秋の公式戦と練習試合を通じたチーム打率は4割近くに上り、上位、下位とも切れ目のない打線だった。伝統の機動力を絡めた得点パターンは多彩で、エンドラン、重盗に加え、本盗も狙った。公式戦では、選手たちが自ら攻撃のサインを出すことも多かったといい、自主性もはぐくんでいた。

 当時は遠征試合が多く、甲子園への出場も「『大阪遠征』で強豪校と試合をしに行くようなもの」と選手に過剰な意識はなかった。試合以外の面でも平常心を失わなかったことで、10年ぶりのセンバツでも伸び伸びと持ち味を発揮。初戦突破につながった。

 主将を務めた増山喜代志さん(38)は「出場が決まれば、実績は関係ない。学校の看板で戦うわけではないと選手全員が分かっていた」と振り返る。18年ぶりに出場する選手たちには、「どの学校の選手も、自分たちの代としては甲子園初出場になるのがセンバツ。柄目(つかのめ)(直人)監督を信頼して、甲子園や相手校を恐れることなく、平常心で甲子園で暴れてきてほしい」と期待を込めた。【李舜】


第69回大会(1997年)

1回戦○9-2桑名西(三重)

2回戦●5-9育英(兵庫)

 1回戦は看板の打線が機能し、桑名西を圧倒した。一回に先頭の米倉がバント安打で出塁。伝統の機動力野球で好機を広げ、先制点に結びつけた。二回には4番・茂呂の本塁打も飛び出し、大技、小技と自在の攻め。10年ぶりのセンバツ初戦を白星で飾った。2回戦の育英戦は中盤から突き放され、ベスト8進出はならなかった。

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