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旧優生保護法の下で強制された不妊手術について国に損害賠償を求めた訴訟の会見で、被害者の女性は連帯を示すために作ったピンクのリボンを手首につけていた=1月30日、喜屋武真之介撮影

 <くらしナビ ライフスタイル>

     旧優生保護法下の強制不妊手術を巡り、国に損害賠償を求める裁判が28日、始まる。1996年、国は障害者差別にあたるとして法律を改正したものの、実態調査や被害補償は行ってこなかった。取り返しがつかない傷を負い、生き方を選ぶ権利を奪われた人々の声なき声は届くのか。そしてこの法律は、今の社会に何をもたらしたのか。3回連載で報告する。

     --広瀬川のあたご橋を渡りました。河原に椅子があり、そこで奥さんにおにぎりを食べさせられて、病院に行きました。子どもを産めなくされたことなど、その時は分かりませんでした……。

     宮城県の70代、飯塚淳子さん(仮名)は63年、宮城県中央優生保護相談所付属診療所で手術を受けた。その直前に県の相談機関で「精神薄弱者、内因性軽症魯鈍(ろどん)」と診断され、「優生手術の必要を認められる」と判定を受けている。

     46年3月、7人きょうだいの長女として生まれた。中学3年で知的障害者施設に入所。民生委員のすすめで、職親(知的障害者を預かり職業訓練や指導をする人。知的障害者福祉法で定められる)に預けられたが、虐待を受けた。16歳で職親に連れられ知能検査を受け、手術を受けた。手術後に、父母の会話から手術の意味を知る。97年、50代のときに不妊手術の実態解明を求める市民グループと出会い、「私の体を返してほしい」と、国に謝罪と補償を求め続けてきた。

     飯塚さんに触発され、声を上げたのが、今回の裁判を起こす宮城県の60代女性と、その義姉だ。義姉は結婚した夫の妹が手術を受けたことを夫の母から聞かされていた。飯塚さんの活動を知り「妹が受けた手術はこれだったのか」と合点がいった。弁護士に連絡を取り、手術記録の情報公開請求を経て、提訴に至った。

     この情報公開請求で出てきた記録で、妹が15歳で手術を受けたことを知る。しかも申請理由は「遺伝性精神薄弱」。審査経緯の記録は開示されなかった。同様の障害を持つ親類縁者もいない。妹の療育手帳交付に関する情報公開で「出生時に口蓋(こうがい)裂で生まれ1歳時の手術で麻酔が効きすぎて障害が残った」という経緯が判明。「遺伝性」の判断がいかにずさんなものだったかを知り、がくぜんとした。

     ●要支援=排除対象

     残された公的記録はわずかだ。神奈川県立公文書館の同県優生保護審査会資料からは、手術の対象者をどのように評価して選別していたのか、その一端がうかがえる。62年の審査会に提出された検診録には、ある女性についてこう記されている。

     「小学校には一年おくれて就学。中学校は二ケ月通って中止してしまひ、自宅でぶらぶらし、昭和三四年七月、■■に入園」。現在の病歴は「母や同居人に対し乱暴な口をきき周囲をわきまえない。年下の子とは遊ぶが、自分から外に出て遊ぶような事は出来ない」とある(原文ママ)。診断は「精神薄弱(痴愚)」だ。

     別のてんかん性精神病とされた女性は「茅ケ崎に生る。小学校卒業後、家で農業に従事していたが、十六歳の時、姉■■死亡後、姉の夫■■■■と内縁関係を結び、三児を挙げた」。数年後、けいれん発作を起こすようになったため、夫は後妻を迎える。現在の症状は「着装、身嗜みは不整不潔、顔貌は弛緩し挙措は緩慢で節度がない」(62年の検診録、原文ママ)。家系図によると母が同病の疑いがあり、遺伝性疾患として手術「適」とされた。早世した姉は「経済的な面もあって入院させられなかった」という。身よりのない男性が生活史も既往歴も「不詳」のまま手術が決められた例もあった。

     記載には侮蔑的な表現が並ぶ。障害や病気を抱えたこれらの人々は、本来は支援を受けるべき対象のはずだ。しかし法律の下、「優生上の見地から不良」とされたために、基本的な教育や支援すら受けられず、排除されていったことがうかがえる。当時、養護学校は少なく、障害児の多くは就学免除・猶予とされた。また、現在の医学ではすべての精神疾患は何らかの遺伝素因がかかわっているものの、単純に遺伝するものではないとされるが、多くの精神疾患を抱えた人が「遺伝」と判定されていた。

     ●「民族の質を改造」

     「審査する側」の考え方が垣間見える資料がある。社団法人母子保健推進会議(当時)が72年に発行した冊子「母子保健」。その巻頭特集が「日本民族改造論」だ。田中角栄内閣が誕生し「日本列島改造論」が話題となる中、「何より大切なのは民族の質を改造する、人間を良くすること」と問題提起する。国立機関の医師や有力大学の研究者が「障害児の生まれる危険の大きい結婚を減らすのが第一。結婚しても子を産まないようにすればいい」「極端に質の悪いものを減らせば全体のレベルが上がる」と指摘。「優生保護法を活用するのは必ずしも容易ではない、自発的に子を産まない方がよいという気持ちにさせる方が抵抗がわかない」「高校で優生結婚という教育は有効だろうか」--。

     当時の関係者は、多くが口を閉ざしている。70年度に優生保護審査会から依頼され、手術対象者の家系調査をしていた関東地方の男性精神科医は「当時から問題を感じていた。どうしてこんなことをするのかと言う人もいた。(自分も)上からやれと言われたら、やらなければならなかった」と言葉少なに語る。しかし取材申し込みには「応じられない」と返答した。

     自ら被害を訴え出ている当事者は、5人ほどしかいない。頼みの綱は、審査に関わった医療者、福祉現場の関係者の証言だ。「個人を責めることはできない。当時の法制度や運用が問題だったということを明らかにするために証言してほしい」。利光恵子・立命館大学客員研究員は強調する。

     「障害者のいる家は世間から嫌なものを見るように、見て見ぬふりをされます。声を上げたくても上げられない方が大勢いると思います」。手術を受けた妹と40年暮らした義姉は言葉に力を込める。「この問題がそのままにされたら、社会は変わらないままです。責任の取れない法律は、のちのちの国民を不幸にするのです」


    優生保護法

     「不良な子孫の出生を防止する」ため1948年に制定され、遺伝性疾患や知的障害、ハンセン病の患者らへの不妊手術、人工妊娠中絶を認めた。強制不妊手術の適用は遺伝性疾患(4条)と非遺伝性精神疾患(12条)があり、88%にあたる1万4566人が4条を適用された。批判をうけて96年に「母体保護法」に改定された。同様の法律があったドイツやスウェーデンでは国が被害補償制度を設けている。


    おことわり

     旧優生保護法下で使われていた病名などには差別的な表現がありますが、歴史的事実として当時のまま掲載しています。

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