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日本ワタシ遺産

登録No.35 東京湾観音(千葉県富津市)

写真・半田カメラ

写真・文 半田カメラ

これは、大仏写真家である半田カメラが、一般的に知名度は低いが素晴らしい!という国内の異空間スポットを、勝手に日本ワタシ遺産に登録、紹介するという、とても個人的で偏った企画です。

美しい外観 奇想天外な胎内空間

この観音さまとの出会いは、私が現在のように巨大な仏像に魅入られる少し前の 2010 年のこと。魅入られる「とどめ」となったのがこの観音さまだったと言っていいでしょう。たまたま行った富津岬の展望台から見た海の向こう側の高台に、大きな白い人形の像を見つけ、それが何なのかもわからないまま、何かに導かれるようにその像に向かって車を走らせました。途中で何度か姿を見失いながら夕刻にやっとたどり着いたのが、この 56 メートルの巨大観音、東京湾観音だったのです。その時に撮った思い出の写真は、今年のはじめに発売された私の本の表紙にもなっています。

写真・半田カメラ

その日はもう参拝時間を過ぎていたため大仏胎内には入れませんでしたが、それでも見知らぬ巨大観音を見付けたという高揚感、そして想像以上に美しい、にっこりとほほ笑む観音さまの外観にたいへん満足し、その場をあとにしたのでした。

写真・半田カメラ

その時入れなかった胎内に入りたいと再度東京湾観音を訪れたのはその翌年のことです。ここでまた私は想像していたのとは全く違う、奇想天外な胎内空間に驚かされることになります。それは「なぜ自分はこんな面白いものを知らなかったのだろう」と、今までの自分を軽く反省するほどでした。ですから私はその後、知らなかった過去を取り戻すかのように、ことあるごとに観音さまに通いつづけます。そうしているうちに関係者にも顔を覚えられるようになり、あの出会いから8年、とうとう観音さまのメンテナンスが行われるという情報をいただき、記録係としてクレーンに乗る、などという大役まで担うことになったのです。

写真・半田カメラ

実は東京湾観音のことはこの連載の初期に一度書いています。ですが、このクレーンに乗った時の写真がなかなか衝撃的でしたし、最初の記事からすでに数年が経過しています。再度のご紹介も兼ねてまた、東京湾観音のことをより深く書いてみようと思います。

東京湾観音が建てられたのは今から 60 年近く前にさかのぼります。建てたのは東京・深川で材木業を営んでいた宇佐美政衛(うさみ・まさえ)氏。宇佐美氏は戦時中の1945(昭和20)年、東京大空襲の際に東京で町会長と消防団長をしていました。一面の火の海をなんとか生きのび、焼け野原に犠牲者が山のようになった光景を目の当たりにしたことで、戦没者慰霊のための観音像を郷里の千葉に建てようと、後々決意したそうです。

写真・半田カメラ

1956(昭和31)年の構想から5年をかけ、東京湾観音は1961(昭和36)年に完成しました。通常の建築物とは違い人形ですから、微妙な曲線や凹凸もある複雑な形状。当時では最先端の技術だったそうですが、クレーンなどのない当時です、下から一段一段積み上げて20 階、56メートルもの観音像を作り上げる作業は想像もつかないほどの大事業だったことでしょう。

写真・半田カメラ

それに加え、観音さまの胎内空間は現在ではあり得ない、迷宮のような奇想天外な空間になっています。腕の部分は横穴になっており、その先には屋外型の展望があります。大きな展望は頭にもあり、脇部分には両サイドに小さな展望もあります。その他にも観音さまの鼻部分からは下界が見下ろせるなどなど、胎内空間をこれでもかと使い尽くした遊び心あふれる構造は、最大で唯一無二の魅力です。たぶんこれは60年前だったからできたもので、現代では建築基準法などの制約があり、実現できないだろうと思われます。

写真・半田カメラ

60年にわたる長い間には何度かの修復や塗り直しの工事が行われており、その美しい姿を保ってきたわけですが、ここ15年ほどは何も行われていませんでした。そこで今年5月の半ばから大規模工事が行われることになりました。工事を前にしたこの3月、鉄筋を覆うコンクリートの厚さや腐食の程度を測る検査が行われるとの連絡をいただき、ぜひ撮影させてほしいと富津へ向かいました。とは言うものの、この前日は関東に台風のような強風が吹き荒れ、当日もアクアラインは横風で40キロの速度規制。クレーンを使っての高所作業と聞いていたので、はたして無事行われるのか?と不安を抱いていたのが正直なところ。ですが、行ってみて不安はなくなりました。現場には宇佐美政衛氏のお孫さんにあたる宇佐美衛さんをはじめ、東京湾観音関係者、作業を行う方々がたくさん集まっており、活気と愛情が満ちあふれていました。少なくとも私にはそう感じられました。空はそのたくさんの気持ちが通じたかのような天候で、作業も無事に行われることになったのです。

写真・半田カメラ

登場したクレーンは高さ40メートルまでブームと呼ばれる棒状部分を伸ばすことのできる、日本国内でもそれほど数の多くない貴重なもの。あまりに高くなるために、アウトリガーという4本の足のようなものを本体から横に突き出して地面に固定させ、転覆するのを防ぎます。それでも56メートルある観音さまの腕の部分までしか届きません。逆に言えばそれぐらい観音さまは高いのです。

写真・半田カメラ

当初、私は高所作業が行われるところを下から撮影するつもりでいました。まさかクレーンに乗せていただけるとは思っていなかったのです。それがなぜか、現場の皆さんの活気に押されるように、あれよあれよという間にクレーンのゴンドラに。ヘルメットをかぶり、ゴンドラと自分をベルトのようなものでつないではいますが、上がって行くにつれ小さくなって行く地面を、怖くて見ることができませんでした。ゴンドラというむき出しの箱で上がっていくのは、高い建物の中から外を見ているのとは全く感覚が異なります。ガラス張りのエレベーターであってもまだそこにはある程度の安心感があると思うのですが、そんな心の支えがないのです。

その上、東京湾観音は海に近い高台にあるため基本的に風が強く、ゴンドラにも容赦なく風が吹き付けられます。観音さまは海を向いて立っているので、風を受けにくいようクレーンは観音さまの背後側にとめ、そこから回り込むように腕を伸ばして上がって行きました。

写真・半田カメラ
写真・半田カメラ

怖い怖いと言いながらも、私は計3回ゴンドラに乗せていただきました。こんな経験は人生の中でもう二度とできないかもしれません。撮影した写真は、自分が飛んでドローンになったような光景です。作業にたずさわる方々の優しさで恐怖が軽減されました。私も東京湾観音を愛するたくさんの人々の仲間に入れていただけたような気がして、とても感動的でした。

写真・半田カメラ

この検査で、観音さまの表面のコンクリートは問題のない厚さを備えていることがわかりました。さらに上がってみたことで、耳の後ろ部分に小さな扉と階段が付いていることなど、60年近く前の建造物として、ものすごく精度の高いものであるということも再確認されました。この結果を元に、5月のゴールデンウイーク後から工事が着工予定です。工事期間中はしばらく観音さまの胎内に入ることができなくなります。寂しくなりますが、その間は現在胎内に設置されている胎内仏を下にある観音会館に一堂に展示する計画があるそうです。それもまた貴重なので楽しみにしていますが、それまでに一度、60年近くも前に作られた精度の高い、奇想天外な建造物をぜひ体験しに来てください。下から一段一段作られた階段、途中から現れる横穴、そして横穴の先の屋外型展望などなど、当時でなければ作られることのなかった不思議な空間があなたを待っています。もしかしたら私のように「なぜ自分はこんな面白いものを知らなかったのだろう」と軽く反省するかもしれませんよ。

半田カメラ

雑誌や広告などの撮影が本業の女性カメラマン。趣味で日本中を旅するうち異空間的風景にハマり、巨大な仏像に夢中に。とうとう大仏写真家として開眼。初の大仏ガイド本「夢みる巨大仏 東日本の大仏たち」が書肆侃侃房より絶賛発売中です。詳細はこちらよりお願いいたします。

http://www.kankanbou.com/kankan/item/855

Website「恋する巨大仏」

http://handa-camera.wixsite.com/kyodaibutsu-in-love

Blog「気になったら とりあえず行ってみるブログ」

http://ameblo.jp/handa-camera/

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