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第94回センバツ高校野球

第94回選抜高校野球大会の特集サイトです。阪神甲子園球場での熱戦全31試合をLIVE配信します。

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第90回選抜高校野球

1回戦 「瀬戸内らしさ」前面に あと一歩、温かい拍手 /広島

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明秀日立に敗れ、肩を落とす瀬戸内の選手たち=阪神甲子園球場で、平川義之撮影 拡大
明秀日立に敗れ、肩を落とす瀬戸内の選手たち=阪神甲子園球場で、平川義之撮影

 <センバツ2018>

 チームワークで粘って守り、全員で得点する「瀬戸内らしい」野球を見せたが、あと一歩届かず--。センバツが開幕した23日、県勢の瀬戸内は、第3試合で初出場の明秀日立(茨城)と対戦。関東大会準優勝チームを相手に、四球や単打でつないで得点し、リードする展開だったが、最終回で逆転を許し、3-4で敗れた。27年ぶりの春の甲子園。三塁側アルプス席を埋めた応援団は、悔し涙を流すナインに「良い試合だった」と温かい拍手を送った。【小山美砂、蒔田備憲、森野俊】

明秀日立

  001010002=4

  101100000=3

瀬戸内

 3-4で迎えた九回裏。内野安打で出塁した新保利於(しんぽりお)主将(3年)が三塁まで進み、4番の大型スラッガー、門叶(とがの)直己選手(同)が打席に立った。スタンドには本塁打を期待する「瀬戸内最強!」コールが起こり、盛り上がりは最高潮に。初球でフライに打ち取られた直後はため息が漏れたが、すぐに「良い試合だった」「よくやったぞ」とねぎらいの声に変わった。

四回裏、新保利於主将が二塁手を放ち、歓声をあげる瀬戸内応援団=阪神甲子園球場で、小山美砂撮影 拡大
四回裏、新保利於主将が二塁手を放ち、歓声をあげる瀬戸内応援団=阪神甲子園球場で、小山美砂撮影

 最初に流れをつかんだのは瀬戸内だった。一回裏、2死走者なしで3番、東大翔(かける)選手(同)が勢いよくバットを振り抜き、右翼前に安打を放つ。甲子園での初安打に、父、広樹さん(39)は「甲子園の打席に立っているだけでもうれしいのに」と涙をぬぐった。続くバッターも相手投手の制球の乱れを見逃さず、3者連続で四球を選んで出塁し、押し出しで1点を先制した。吹奏楽部OGで演奏の応援に来ていた早田未有さん(19)は「すごくうれしい。選手たちに音が届くよう頑張りたい」と力強くトランペットを吹いた。

 試合は1点を争う緊迫した展開に。同点に追いつかれた直後の三回裏には、三塁走者の東大翔選手が、盗塁を図った門叶選手が一、二塁間で挟まれている間に生還し、追加点をあげた。野球部の佐々木優斗さん(2年)は「瀬戸内に流れがきている」と激しくメガホンをたたいた。

九回表のピンチで両手を合わせて試合を見守る瀬戸内の生徒ら=阪神甲子園球場で、森野俊撮影 拡大
九回表のピンチで両手を合わせて試合を見守る瀬戸内の生徒ら=阪神甲子園球場で、森野俊撮影

 エースの浴本一樹投手(3年)は五回表に追加点を許したものの、八回には三者凡退に抑えるなどリズム良く守り、この流れが続くかに思えた。しかし、九回表に投手陣が相手打線に捕まる。三者連続で安打を浴びて逆転され、続く攻撃では好機にあと1本が出ず、初戦敗退となった。名原典彦選手(同)の父、誠さん(46)は「ここまでよく頑張った。明日からまた練習を頑張って、夏にまた来よう」と涙をこぼしながら、大きな拍手を送った。

220人「打ったれー!」

瀬戸内の新保主将の安打にガッツポーズをして喜ぶ八尾河内ボーイズの選手たち=阪神甲子園球場で、蒔田備憲撮影 拡大
瀬戸内の新保主将の安打にガッツポーズをして喜ぶ八尾河内ボーイズの選手たち=阪神甲子園球場で、蒔田備憲撮影

 ○…大阪府出身の新保利於主将を応援しようと、スタンドには地元の友人や小中学時代のチームメートら約220人が駆けつけた。新保主将が所属していた八尾河内ボーイズの選手や保護者ら約50人もアルプスで観戦。新保主将の弟、玖和(くお)さん(12)は「選手としても尊敬しています。観客がどよめくようなプレーを見せてほしい」と期待を込め、新保主将が打席に立つと「打ったれー!」などと声援を送っていた。

“青対決”は負けず

瀬戸内のスクールカラーの青一色に染まった三塁側アルプススタンド=阪神甲子園球場で、森野俊撮影 拡大
瀬戸内のスクールカラーの青一色に染まった三塁側アルプススタンド=阪神甲子園球場で、森野俊撮影

 ○…両チーム共にスクールカラーが青色の「青対決」となった。瀬戸内は生徒と教職員のほぼ全員約900人が駆けつけた。青のジャケットや帽子を身につけ、メガホンやタオルなども青にそろえて応援に臨んだ。企画した広田裕希副部長(38)は「スタンドが瀬戸内ブルーにきれいに染まった」と満足げ。初めて甲子園に来たという平井花奈さん(3年)は「相手の青に負けないように全力で応援したい」と意気込んでいた。

けが克服、夢舞台で躍動 名原典彦中堅手(3年)

一回裏、打席に立つ瀬戸内の名原典彦中堅手=阪神甲子園球場で、渡部直樹撮影 拡大
一回裏、打席に立つ瀬戸内の名原典彦中堅手=阪神甲子園球場で、渡部直樹撮影

 俊足の先頭打者、名原典彦中堅手(3年)は昨春、右足のすねを疲労骨折し、昨夏の公式戦に出場できなかった。「迷惑をかけた分頑張って、甲子園へ行きたい」と昨秋の公式戦は打率3割9分、5盗塁と大健闘。甲子園でも俊足を生かした守備などで貢献した。粘り強く支えてくれた父、誠さん(46)に感謝し、「甲子園でヒットを打つ姿を見せられてよかった」と涙ぐみながらも笑顔を見せた。

 幼い頃から野球に憧れ、小学4年の時、両親に無断で地元のソフトボールチームに加入を願い出た。「プロ野球選手になりたい。そのために絶対甲子園に行くけぇ」と宣言する息子に驚きつつ、誠さんは「身体能力が高いノリ(典彦)ならいける。全力で支えよう」と決めた。以来、キャッチボールで送球が少しそれれば叱り、バッティングセンターでは一緒に打ち方を研究するなど、自ら進んで指導した。

 甲子園出場のため進んだ瀬戸内で、名原選手は2年の春からメンバー入り。昨年5月の練習試合中、足に痛みを感じたが、試合に出られるのがうれしくて走り続けたところ、3日後には走れなくなった。全治約2カ月の疲労骨折。痛みで歩くことも難しく、医師には1カ月間の安静を命じられた。無理をしすぎた自分を責め、ふさぎ込んだ。「お前には来年もあるんじゃけそう落ち込むな」と励ます誠さんに、名原選手は「俺には1試合、1試合が全てなんじゃ。けがしてない父さんにはわからんよ」と思わず怒りをぶつけた。

 それでも誠さんは足をマッサージしたり、自力で2階に上がるのが難しい名原選手をおぶって上がったりと献身的にサポートを続けた。「一刻も早く野球をさせてやりたい一心だった」。けがの回復の兆しが見えてきた約1カ月後、名原選手は父に「ごめんな」と謝った。秋の公式戦で復帰し、親子で目指した夢舞台への出場を決めた。

 この日はセンター前に鋭いヒットを放ち、守備では二塁の後ろに上がったフライに追いついてアウトにするなど活躍した。チームは敗退したが、誠さんはスタンドで「自慢の息子です」と涙を流した。名原選手は「瀬戸内の勝利に貢献できる選手になり、夏にまた甲子園に出たい」と力を込めた。【小山美砂】

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