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「かわいくてしかたない」と長男陽飛ちゃんを抱く小林聡恵さん(右)、守さん夫妻=神奈川県茅ケ崎市で、上東麻子撮影

 <くらしナビ ライフスタイル>

 優生保護法は1996年、母体保護法に改正され、法に定められた強制不妊手術はなくなったことになっている。しかし、私たちは自分の意思で、「産む/産まない」を決められる社会を生きているのだろうか。

 ●人々の偏見、今も

 法改正から約7年後の2003年11月。「精神科より家族の希望が強く上記手術(精管結さつ術)目的施行のため紹介となる。手術施行し特に合併症なく退院となる」。岩手県の60代男性が、不妊手術を受けた病院の記録だ。

 男性は18歳でいじめなどをきっかけに統合失調症になった。精神科に入退院を繰り返したが、45歳で、同病の女性と同居生活を始めた。しかし、兄夫婦に結婚を反対され、内縁関係を続けた。

 数年後、女性が妊娠したがすぐ流産。兄夫婦が強く求め、女性も不妊手術を受けたという。男性も再び病状が悪化し入院した際、兄夫婦や担当医師、ケースワーカーに手術を受けるよう説得された。兄からは「優生保護法がある」「手術しないなら一生退院させない」と詰め寄られた。強引に転院させられ、手術を受けた。「自分の人生も、生まれたかもしれない子どもも殺された」と感じた。「障害者は家族に結婚も出産も邪魔されるのか」と納得できない。

 今は別れて暮らす女性も、「産んでも育てられない、経済的にも無理だと、(男性の)兄夫婦に説得された」という。「今も『産みたかった』と思う。昔の自分に『早まって手術に走らないで』と言いたい」と声を震わせた。

 障害ゆえに家族に出産を反対された人もいる。関西地方の統合失調症の30代女性は昨年、同居する男性との子を妊娠したが、中絶した。

 10代から統合失調症を発症。20代で勤めた職場で障害者の男性と知り合い、交際している。「子どもがほしい」と話し合い妊娠したが、母は激怒した。「許さへん」。妊娠を希望し服薬を調整していたため、症状も悪化していた。心身ともに追い詰められ、母と男性と3人で話し合い、震えながら手術同意書にサインした。手術の後、2人で子の名前を決めた。「月命日」には心の中で悼む。

 母親には障害者との交際を反対され続けた。妹からは「税金で(障害)年金暮らしか」とやゆされる。「彼に障害があろうがなかろうが私は好きになった」。一緒に生きたいと、結婚の約束もしている。だが、この暮らしをどう守ろうかと悩みは尽きない。

 ●支援を受け子育て

 一方、支援を受けながら子育てする夫婦もいる。神奈川県茅ケ崎市のNPO法人UCHIのグループホームで暮らす小林守さん(31)と聡恵さん(22)には今月、長男陽飛ちゃんが誕生した。2人は軽度の知的障害がある。

 牧野賢一理事長は、2人が児童養護施設と障害児入所施設を出て以降、粘り強く支援。人間関係が苦手な守さんは職場でけんかをしたり、お互い異性関係で問題を起こしたりした。職員が適性を見極めて活躍の場を紹介したり、子どもを持つことを話し合ったりして、2人の交際から結婚、出産までを支えた。

 2人の居室はマンション2階で、1階は法人事務所。聡恵さんは「分からないことがあればいつでも聞けるし安心感がある」。守さんは「もっと仕事頑張らなきゃ」といとおしそうに息子をのぞき込む。

 牧野さんは約15年前から5組の子育て支援に関わった。最初のカップルの女性が妊娠した時、福祉事務所のケースワーカーの第一声は「産ませないよね」。グループホームに夫婦が住むことを行政も渋った。障害福祉サービス事業所のUCHIは子の支援はできず、保健所や保育所と連携する必要もある。「支援者にも彼らが結婚し育児をするという意識がなかった。人として当然のニーズに向き合い続けたい」と話す。

 「障害者は保護する対象で、自己決定する存在だと思われていないのだろうか」。DPI女性障害者ネットワークの藤原久美子代表(54)は問いかける。1型糖尿病の合併症で30代で視覚障害者に。「育てられないでしょう、障害児のリスクも高い。あなたが心配なのよ」。40歳で妊娠したとき、母や医師から中絶を勧められた。だが、妊娠を喜ぶ夫に背中を押され、出産した。一時は母に反発したが、後に優生保護法に影響されていたのだと思うようになった。

 育児の場面では、制度の不備を日々感じる。障害者本人の支援制度があっても、障害者が子育てのさまざまな場面で使えるサービスが乏しい。「障害者が子育てする存在として想定されていない」。現在、国は障害者基本計画(第4次)を策定中だ。サービスや制度の前提となるのが基本計画だ。藤原さんらは障害者の「性と生殖の自己決定権」を書き込むよう求めている。

 ●生きづらさ共有を

 16年7月、相模原市の障害者施設で19人が殺害される事件があった。植松聖被告は動機をこうしたためた。「障害者は不幸を作る」「最低限度の自立ができない人間を支援することは自然の法則に反する行為です」

 強制不妊手術のネットニュースにも被害者への攻撃や優生政策に理解を示すコメントが、何百と並んだ。「育てられるのか?」「税金で補償するのか」「障害者を守る法だ」「一理ある政策」--。

 こうした意見をどう捉えればいいのか。慶応大の井手英策教授(財政社会学)は、障害者を巡るこれら一部の言説に「健常者-障害者」の対立ではなく、「生活苦の健常者-障害者」、つまり弱者と弱者の対立構造を見る。「中流社会はとうに崩壊し、生活苦に直面する人々が多数派になった。他者をおもんぱかる余裕をなくしてしまう現実がある」。誰もが生活を保障され安心できる社会であればこそ、互いへの配慮が成り立つ。

 「優生思想とは人を労働力や生産性で測る考え方に通じる。その生きづらさは、現代の私たちなら理解できるのではないか」。優生思想を乗り越える鍵はここにある。「人と人の間に、分断線を引く社会を望むのか。それともいかなる環境、不遇にあっても安心できる社会をつくるのか。今、私たちはその岐路に立っている」と話す。(この連載は中川聡子と上東麻子が担当しました)

      ◇

 連載の感想、旧優生保護法の問題に関するご意見や、性や妊娠・出産に関する体験談などをお寄せください。お住まいの市町村、年齢(年代)、電話番号など連絡先を明記し、〒100-8051(住所不要)毎日新聞くらしナビ「奪われた私」係へ。メールは表題を「奪われた私」としてkurashi@mainichi.co.jpへ。

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