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第94回センバツ高校野球

第94回選抜高校野球大会の特集サイトです。阪神甲子園球場での熱戦全31試合をLIVE配信します。

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第90回選抜高校野球

日大山形、一歩及ばず 互角の戦いに拍手 /山形

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アルプス席にあいさつを終えて引き揚げる日大山形の選手たち
アルプス席にあいさつを終えて引き揚げる日大山形の選手たち

 <2018 第90回記念センバツ高校野球>

 あと1本がでなかった--。第3日を迎えた25日の第90回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)で、第3試合に登場した県代表の日大山形は智弁学園(奈良)に対し、3-5の僅差で惜敗した。先制、同点、勝ち越し、逆転と目まぐるしい試合展開。一歩も引かない山形球児たちに三塁側アルプススタンドから、熱い声援が送られた。【的野暁、中村紬葵、小西雄介】

 ▽1回戦

【日大山形-智弁学園】五回表日大山形1死、高橋殿馬が三塁打を放つ=阪神甲子園球場で、久保玲撮影 拡大
【日大山形-智弁学園】五回表日大山形1死、高橋殿馬が三塁打を放つ=阪神甲子園球場で、久保玲撮影

日大山形(山形)

  000110010=3

  00010211×=5

智弁学園(奈良)

 甲子園の土の上を転がった白球が智弁学園の遊撃手のグラブにおさまり、一塁手に投じられた。打席から一塁へと懸命に走る渡部雅也(2年)。届かない。アウト。ゲーム終了を告げるサイレンがこだまするスタンドで、父達也さん(48)はうなだれた背中を見守った。「昔から最後のバッターになることが多かった。夏に向け、大きくなってほしい」

 互いに譲らない試合が動き始めたのは、四回表だった。先頭の4番・渡部の一打はフェンスを直撃し、もう少しで本塁打。妹桃さん(15)は「こんなに飛ぶのかと驚いた。かっこいい」と興奮ぎみ。佐藤亘(3年)が四球を選び、無死一、二塁の好機となる。

 6番・西島好亮(2年)は三塁側への内野安打で続いた。「よくつなげた」と父佐知浩さん(49)。前のめりで赤いメガホンをたたきつける。1死後に8番・鹿野航生(2年)はスクイズ成功。父雄二さん(44)は「気持ちで負けていない。チームのためできることを一生懸命やってほしい」と笑みで顔を崩した。

 3年連続出場の智弁学園はやはり、強かった。その裏には同点。しかし、直後の五回1死、2番・高橋殿馬(3年)がセンター方向に三塁打を放ち、「よくやった。ここからだ」と父薫さん(49)。4番・渡部が主軸の役割をきっちりと果たし、勝ち越しの2点目がスコアボードに刻まれた。

 投手陣はマウンドを死守した。圧巻は五回裏。先発・佐藤洸太投手(3年)は3者連続三振を奪う。クールなエースに母陽子さん(47)は「感情は出さないようにと言ってきました。打たれても捕ってくれるとの信頼が安心につながっている」と解説してくれた。

 七回2死一、三塁のピンチで、次を任されたのは近藤皓介投手(3年)。昨夏の甲子園は3球のみの登板だった。「緊張します」と母郁さん(50)は涙目になりながらも「夢がかなうのはうれしい」。

 橋本魁(2年)の父剛さん(56)は体調不良で入院していたが、応援のために4日前に急きょ退院したばかりという。「野球に専念しろと言っていた。よく頑張ってくれた」。初戦突破はかなわなかったが、グラウンドとスタンドが一体となった1時間53分だった。

初出場時のOBも

 ○…日大山形のアルプススタンドには1973年春に初出場し、夏に連続出場を飾ったかつての球児たちも駆けつけた。OB会副会長の佐藤淳二さん(62)は「自分たちは緊張の連続だった」と見守り、会長の前田稔さん(62)は「先制点をとれれば」と手に汗を握った。シーソーゲームの展開となり、OBたちも立ったり、座ったり。惜しくも敗れたが、前田さんは「次は夏が来る。この経験をぜひ、いかしてほしい」とエールを送った。

踊りで盛り上げ

 ○…抑えた太鼓の音を伴奏に雄たけびがこだました。部員の瀬尾翼さん(3年)。応援団の最前列に陣取り、好機になると通路に飛び出す。手のひらを合わせ、拝むように天につき上げ、体をのけぞらせる。右へ、左へ、とどまることがない。「場を盛り上げられるよう、動きのキレを大切にしている」。祈りが届いたか、八回表1死一、二塁の場面は近藤皓介投手(3年)が見事に適時打。勝利を願う踊りはますます、切れ味を増していった。


 ■走攻守

初4番、おじさんにも恩返し 渡部雅也捕手(2年)

渡部雅也捕手 拡大
渡部雅也捕手

 「東日本大震災で、野球を続けられなくなった仲間がいる。ここぞの1本で、被災者に元気を届けたい」。その思いを胸に公式戦初の4番を任され、2安打1打点と重責を果たした。

 生まれ育った福島県大熊町には東京電力福島第1原発があり、7年間も全町避難が続いている。くじけそうになるたびに励ましてくれたのが大伯父、真網さん=福島県いわき市=だった。今年2月下旬に病院で亡くなった。享年73。「センバツ頑張れ。応援しているからな」との正月の電話が最後となった。

 試合ではくしくも、2度3度と見せ場が回ってきた。四回には先制のきっかけをつくり、五回は2死三塁から、勝ち越しのタイムリーを放った。2点を追った九回2死一塁。フォークを引っかけ、ボールはショートに転がった。

 最後のバッターとなり、試合後に笑顔はなかった。それでも、「『おじさん』にも恩返しできたと思います」と静かに一言。「夏に帰ってくるため、成長していきたい」と決意を込めた。【的野暁】

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