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100年カンパニーの知恵

膨大な同業者が退場していった中で、彼らが日々を重ねられた理由は何か。幸運や巡り合わせというだけでは見過ごしてしまう細部があるに違いない。その知恵を広く共有すべく、じっくり語っていただいた。

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100年カンパニーの知恵

守山乳業(神奈川県)/中 保存きく商品が特徴

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 <since 1918>

笑顔を創るコーヒー牛乳の生みの親

 日本初のコーヒー牛乳の成功を受け、経営組織の確立が急務となり、1928(昭和3)年に守山商会製酪所は守山商会として会社組織になった。事業を拡大し、35年には本社を東京に移転した。やがて戦時下の統制令で、自由な企業活動は制限される。コーヒー牛乳は軍需品として指定されたため、製造を続けることはできたが、45年7月の空襲で、神奈川県平塚市の工場は煙突1基を残して焼失してしまう。

 戦後は焼け跡からの再建になった。焼け跡の平塚工場跡に練乳、瓶詰の工場、倉庫を次々建設し復興を進めた。戦後の復興が始まり、庶民の新たな甘味としてソフトクリームが親しまれるようになった51年にはソフトクリームのもとであるソフトミックスパウダーを日本で初めて製造した。同社はこれに先駆け戦前の27年にお湯を加えるだけで作ることができるという守山アイスクリームの素を開発、人気商品として発売しており、その経…

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