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旧優生保護法を問う

旧優生保護法下で不妊手術を強制された障害者らの記録に関する毎日新聞の全国調査で、強制手術を受けた人の約8割に当たる1万2879人の資料が確認できなくなっていることが判明した。「記録のない被害者」をどう特定し、救済につなげるか。

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「なぜ」と問いかける福田文恵さん=富山市で2018年3月20日午後3時47分、岩崎歩撮影
「なぜ」と問いかける福田文恵さん=富山市で2018年3月20日午後3時47分、岩崎歩撮影

 全身の力をふりしぼり、声を出す。単語をひとつひとつゆっくりとつなぎ、丁寧に伝えようとする。

 生後まもなく脳性まひになり、手足などに重い障害が残った福田文恵さん(57)=富山市=は、思い出すのもつらい10代の体験を詳細に語り始めた。

   ◇

 富山県内の養護学校に通い、初潮は高校2年の時に迎えた。障害の軽い女性たちは「おめでとう」と言われたが、自分を祝ってくれる職員はなかった。「生理の始末をできないならどうするの。子宮を摘出すれば」。逆に看護師から生涯忘れようのない言葉を投げつけられ、「重度障害者にとって、生理は邪魔なもの」と思った。

 脳性まひは、旧優生保護法(1948~96年)が定めた強制不妊手術の対象ではなかったし、子宮の摘出も認められていなかった。しかし、「障害者」と呼ばれた人たちに対する社会の見方は、障害の様態に関係なく冷たかった。医師の反対で手術は免れたが、看護師から「取らないなら、自分で生理の始末をする練習をしなさい」と迫られた。

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