メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

旧優生保護法を問う

/3 ハンセン病母への手術「失敗」 堕胎逃れた奇跡

[PR]

宮古南静園の敷地内にある砂浜にたたずむ女性=沖縄県宮古島市で2018年3月22日、奥山はるな撮影

 白い砂浜から水平線にかけて続く、青のグラデーション。なぎさに沿うように建てられた国立ハンセン病療養所「宮古南静園」(沖縄県宮古島)を訪れた女性(59)がつぶやいた。「生まれたことに感謝してる」

 かつて「奇跡の子」と言われた。強制的な人工中絶をくぐり抜け、生まれてきたからだった。旧優生保護法は、ハンセン病も強制手術の対象にしていた。生まれた当時、沖縄は米軍統治下で同法の適用はなかったが、園では戦時中から「妊娠すれば堕胎」が続いていた。

 ハンセン病が子に感染するとの誤解があり、同法と同じように、「不良な子孫」が生まれないようにするためだった。身ごもった母は、堕胎を当然視され、腹部に薬液のようなものを注射された。しかし、「失敗」した。女性は奇跡的に生を受け、感染もなかった。

 「弟や妹がほしい」。子どものころ、そうせがむたびに両親が言葉を濁していた理由を知ったのは、40歳を過ぎてからだった。2001年、国の強制隔離政策を違憲とした国賠訴訟の判決の確定を機に、父から真相を告げられた。「命を奪われ、声も上げられなかった他の子の分も生きなければ」。そう考えるようになった女性は16年、元患者の家族らが起こした新たな国賠訴訟の原告となった。

    ◇

 強制隔離されたハンセン病患者が結婚する際、不妊や人工中絶の手術は逆らうことのできない「条件」にされていた。

 東京都東村山市の多磨全生園に14歳で入所した平沢保治さん(91)は「明治期からの富国強兵政策の中で、病や障害のある者は人間であることを許されなかった」と振り返る。障害のある当事者も洗脳され、あらがう意思を奪われていたのだ。

 平沢さんも結婚した際、断種を強いられた。宮城県の60代女性の提訴を知ったとき、思った。「ハンセン病に続き、知的障害者らが『私たちも人間だ』と世に問う時代がやってきた。非常に価値のあることです」

 「6回、6回だよ」。95歳の女性が宮古南静園で注射により堕胎させられた回数だ。目の開かない子、もう髪が生えていた子。死んで生まれた6人の姿は忘れられない。7人目の子は園を逃げ出し、産んだ。「子どもがほしい」一念だった。今ではひ孫までいて、その写真が部屋に飾ってある。

 国の報告書によると、旧優生保護法に基づくハンセン病患者の不妊手術は1551人、人工中絶も7696人あったという。=つづく

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 岡村隆史さんが結婚 相手は一般の30代女性

  2. #排除する政治~学術会議問題を考える あそこは左翼の巣窟だけど… 反学術会議派・小林節氏が首相を糾弾する理由

  3. 鳥取県教委、部活遠征で教員83人処分 生徒をマイカーに 実態に合わずの声も

  4. 再選択2020~私の見方 東京一極集中は「けったくそ悪い」 漫才師・西川のりおさん 大阪都構想住民投票

  5. 毎日新聞に「嵐」の二宮さん iPhone広告で全国紙5紙に1人ずつ掲載

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです