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第103回全国高校野球選手権

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センバツ 三重、日大三に完勝(その2止) 6年ぶり初戦突破 /三重

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チームを後押ししたアルプス席の三重の応援=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で 拡大
チームを後押ししたアルプス席の三重の応援=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で

 <第90回記念選抜高校野球>

「伝統の速攻継承」 69年優勝メンバーが応援

 1969年に県勢初のセンバツ優勝を飾ったメンバーが後輩の応援に駆けつけた。当時監督だった村井洋児さん(71)と1番打者だった大野知生(ともお)さん(66)だ。「僕らが立った頂点にもう一度」とアルプス席で見守った。

 三重は4月から運営主体を梅村学園から学校法人三重高等学校に変更することに伴い、ユニホームを69年当時のデザインに戻した。京都府の自宅から応援に来た大野さんは選手たちを見るなり「懐かしい。後輩が同じユニホームを着て大舞台で戦う姿は誇らしい」と感慨深げに話した。

 2人は後輩の奮闘を49年前のセンバツと重ねながら観戦した。「盗塁が決まらんなあ」と村井さんがつぶやくと「僕らも足をよく使ってましたね」と大野さん。当時のチームは果敢に盗塁を決め「速攻の三重」とたたえられた。その魂は今も宿り、三重は盗塁を2度阻止された後に果敢に5度成功させた。

 思い出が詰まったデザインのユニホームで強豪・日大三に圧勝した後輩たちを見て「僕らと似ている」と大野さん。69年の決勝で同じ東京の堀越に12-0で圧勝した。村井さんは「僕らの伝統はちゃんと受け継がれている。うれしいね」と目を細めた。

脅威の応援再び

 ○…2014年夏の甲子園で優勝した大阪桐蔭の西谷浩一監督に「三重の応援は脅威だった」と言わしめた「大応援団」が聖地に帰ってきた。三塁側アルプススタンドを赤く染め、得点時には校歌や「レッツゴー三重」を歌って選手たちを鼓舞した。14年夏の準優勝を見て、入部を決めたという応援部主将の沢口悠紀さん(2年)は「4年前に負けない応援で、野球部の勝利の力になりたい」と懸命に声援を送っていた。

地元でPV 80人が声援

 三重の地元、松阪市日野町の市産業振興センターカリヨン別館ではパブリックビューイング(PV)が開かれた。試合開始前から竹上真人市長や山本芳敬市議会議長のほか殿町中学校や西中学校の野球部員ら約80人が参加し、プロジェクターで壁に映し出された甲子園での戦いへ声援を送った。

 時には竹上市長が音頭を取り「フレー、フレー」や「頑張れ、頑張れ」と全員が手旗を振って声をそろえた。ひときわ歓声が上がったのは六回。先制点には「やった、やった」、追加点には「打力の三重だ」と声が弾んだ。

 「今回のユニホームは私が在学時代に夏の甲子園に出た時のデザイン。懐かしくて駆けつけた」と話した同市大黒田町の同校卒業生、松田稔さん(60)は「先制した時に勝ちを確信した。次も三重らしさをぶつけてほしい」と期待を膨らませた。【橋本明】

〔三重版〕

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