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旧優生保護法を問う

/4 当時の考え「誰が責任取る」 執刀は「時代の要請」

現在の患者のカルテに目を通す堀口貞夫さん。「好きこのんで不妊手術する医者はいない」と語った=東京都内で2018年3月27日、岩崎歩撮影

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 記憶にある限り、精神科医らが県の審査会に提出してくる強制不妊手術の申請書について、「適」との判断は当然の流れだった--。関東地方で開業している60代男性医師が証言した。

 自治体職員だった約30年前、旧優生保護法(1948~96年)に基づく審査会の事務局だった。ベルトコンベヤーの上を流れゆくように、申請書は通り一遍の審査で認められた。「(委員の)誰からも疑問の声が上がったことはなかった。粛々と議事は進み、紛糾したこともなかった」

 「適」とされた手術は、産婦人科医が執刀した。20代のころに卵管を縛る不妊手術をした別の男性医師は「なんてひどいことを」と感じたが、口にはしなかったと振り返る。

 「今の人権感覚からすればとんでもない話だと思う」と断り、続けた。「障害者を保護・支援する施設も政策も十分整備されておらず、確実に避妊できる方法もない時代。生まれた子を誰が育てるのか、誰が責任を取るのだとの考えがあった。医師も法律が義務づけているから(申請や執刀を)やっただけ」

 医師たちは、こぞって「時代の要請」を口にした。「現代の視点」で同法が問題視されることへの違和感だ。

     ◇

 同法に基づく多数の不妊手術を経験した東京都の産婦人科医、堀口貞夫さん(85)は「当時を知る医師として、少しでも状況が解明できれば」と実名で取材に応じた。

 医局の研修生だった20~30代、静岡や名古屋などの病院で月1回程度、同意のある手術を担当した。「約10年間執刀した」から、単純計算で最大120件。ほとんどが「子どもはもう育てられない」という母親の要請に基づく不妊手術だった。

 「戦後の人口過多や食糧難の時代。障害のある子を持つ親が疲弊する姿もあちこちにあった」。強制手術の経験はないが、当時は疑問を感じなかった。時代が法律をつくり、法律が時代をつくった、そう考えている。

     ◇

 「法的に認められていたから、医師は研究でき、医術が進歩した」。強制手術に携わった関東地方の別の医師が初めて証言した。

 米国など不妊・中絶手術が法的に認められていない国では、「闇医者」の処置で落命する女性が少なくなく、「当時は合法だった日本に来て手術をする人がいた」という。しかし、そのルートや規模は分かっていない。

 「時代の要請」に隠れた旧法下の実態。多くが匿名ながらも、手術に関わった医師たちが少しずつ口を開き始めた。=つづく

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