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’18記者リポート

本州最古の「火きり臼」 現場の目利きで発見 専門家と連携 石川・真脇遺跡

火きり臼出土の記者会見で、それぞれの立場から知見や意義を語る専門家ら。右から2人目は首都大学東京の山田昌久教授、右端が真脇遺跡縄文館の高田秀樹館長=石川県能登町の同館で、久木田照子撮影

 石川県能登町の真脇遺跡(国史跡)で見つかった火おこしの道具「火きり臼(うす)」が、約3300年前(縄文時代後期末~晩期初頭)に作られた本州最古のものと判明した。一見、朽ちかけたような板。洗浄作業をしていた担当者が見落とさず、さまざまな分野の研究者と連携して調べ尽くしたことが、大きな発見に結びついた。【久木田照子】

     真脇遺跡は縄文時代の集落跡。約6000年前から約3700年間続いた「縄文人の生活を伝える遺跡」で、巨大な木柱をはじめ木製品が大量に出土した。地下水につかって紫外線や酸素から遮断され、バクテリアが活動できない環境が続いたため、腐らずに残ったという。

     ■過去1例のみ

     火きり臼は長さ39・1センチ、最大幅5・5センチ。片方の側面に二つある丸いくぼみが炭化していた。くぼみに沿って垂直に立てた棒を手で回転させるなどし、摩擦熱で火種を作ったらしい。同様の道具は弥生時代には広く使われ、現在も各地の神社などに伝わる。真脇遺跡では2015年12月の発掘調査で大量の木製品と一緒に出土し、町教育委員会が今年3月、調査結果を発表した。

     縄文時代の火きり臼の出土例はこれまで、1986年に北海道小樽市の忍路土場(おしょろどば)遺跡で見つかった1点のみ。ただし、火きり臼自体の年代測定は行われず、近くで出土した土器の形式や他の資料から年代を推定していた。その他の縄文遺跡では例がなく、一部の研究者からは忍路土場の火きり臼の年代を疑問視する声もあったという。

     ■培った人脈生かし

     町の真脇遺跡縄文館の高田秀樹館長は16年夏、真脇遺跡で出土した板を洗浄中、形と炭化の跡から「火きり臼ではないか」とピンときた。「客観的、科学的に調べて価値を判断しよう」。出土品から土中環境に至るまで調べる真脇遺跡発掘調査団には各分野の専門家が名を連ねており、今回も協力を依頼した。

     忍路土場での発見から約30年を経て、調査技術は大きく進歩した。「昔と比べ、今は分析試料が少量で済む」と話すのは、放射性炭素年代測定を行った名古屋大宇宙地球環境研究所の中村俊夫名誉教授(放射年代学)。火きり臼をほとんど傷つけずに測定し、「紀元前1340年前後のもの」と結論づけた。奈良教育大の金原正明教授(環境考古学)らは樹種同定を担当した。木材の細胞を調べて杉と判断し、「火おこし道具に適した素材」と話す。首都大学東京の山田昌久教授(文化財科学)は木製品研究の第一人者で、他の例とも比較し、真脇遺跡での出土を「当時、この技術が存在したことを確定できた」と評価した。

     限られた人員と予算の中で、人脈を生かし手間をかけて成果をものにした能登町教委に、山田教授は「現場の高田さんが価値に気付き、丁寧に調べたからこそ」とねぎらう。忍路土場遺跡の調査に携わった担当者も「他の縄文遺跡での発見を心待ちにしていたのでほっとした」と話す。真脇遺跡の調査は今も続いており、高田館長は「まだ重要な発見があるはず」と期待している。

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