毎日新聞
欧州のロスチャイルド家に巨富をもたらしたのはワーテルローの戦いでのナポレオン敗退で打って出た勝負だった。いち早く戦勝を知ったロンドンの当主が英国債を売って暴落させた後に買いに転じ、巨利を得た▲この時、後に経済学者になったある仲買人も大もうけしている。史上最も金持ちの経済学者ともいわれるこの人はD・リカード、そう「比較優位」の理論で諸国の経済の相互の繁栄には自由貿易が決定的に重要なのを論証した学者だ▲リカードは稼いだ金で大地主となり、政界にも進出する。彼は大地主としての自らの利益に反するのに自由貿易を擁護し、穀物法という保護法制の撤廃を求めた。目先の利益よりも自らの理論が指し示す人類の未来を信じたのである▲こちらの富豪にして米大統領になった人物は、ともかく経済学者の言うことを聞かない。リカードの話も小耳にぐらいはさんだことがあるはずだが、くり出す輸入制限や対中制裁関税案で貿易戦争のムードをあおるトランプ氏である▲標的とされた中国も報復措置を公表し、全面対決の様相を帯びてきた。仮に制裁やら報復やらが現実になれば米中ばかりか世界貿易の縮小、経済の失速は避けられない。誰も望まぬ破局をたてに相手の譲歩を迫るチキンゲームである▲中間選挙をひかえたトランプ氏には無理しても欲しい貿易交渉の成果だろう。だが自由貿易は19世紀から人類が営々と積み上げてきた英知と努力のたまものである。勝手に勝負の賭け金にされては困る。