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ニッポンの食卓

第2部 育ちの現場から/1 中学校でも完全給食を

川崎市の中学校に導入された完全給食=同市川崎区で2017年9月4日、太田圭介撮影
公立中学校の給食実施状況

 ●実現させた川崎市

     「出勤前にゆとりができた」。川崎市中原区の女性会社員(45)はうれしそうだ。毎日午前5時に起床し、市立中学2年の長男のため弁当を作って持たせていたが、昨年暮れ、その日課が消えた。川崎市の公立中は長らく家庭の弁当を基本に、学校で牛乳を提供する「ミルク給食」だけだった。それが、昨年12月、米飯やパン、牛乳、おかずを提供する「完全給食」を全52校で達成したのだ。「手作りのものを食べさせたい気持ちは強いけど毎日は負担。おかずに変化をつけたり、夏場は食材が傷まないようにしたり気苦労も多かった」

     川崎市の中学校完全給食を要望する保護者の声は強く、2011年には市議会が全会一致で早期実現を求める決議をした。しかし事業費は維持管理費を含めて30年で620億~850億円と試算され、市は導入に踏み切れなかった。04年度には弁当を持参できない生徒向けに民間業者のランチサービスを導入したが、利用率は約1%と低く「ニーズが低い」という根拠にもなっていた。

     潮目が変わったのは13年。導入を公約に掲げた現市長が初当選し、早期実施▽食育▽安全安心▽温かい給食を全校提供--の基本方針を決定。市内に三つのセンターを新設して、検討から実施まで4年で実現した。献立も野菜の比率を標準より1割高め、市教委健康給食推進室は「健康給食として全国でも高レベル」と胸を張る。

     全国の小中学校の完全給食実施率(人数比、16年度)は、小学生は98・9%とほぼ行きわたるのに対し中学生は78・0%(公立は84・1%)。特に神奈川県や近畿地方などで実施されていないなど地域差が大きい=図。

     これには複合的な理由がある。戦後の学校給食は食糧難を背景に国際支援を受けて欠食児童の栄養状態を改善する制度として広がった。国際支援が打ち切られると存続が危ぶまれたが、1954年の学校給食法で教育活動とされて、実施が「努力義務」となり、普遍的制度へかじを切る。小学校では60年代に完全給食実施率が90%を超えた。

     一方、戦後発足した新制中学は学校給食法の位置づけも遅れ、完全給食実施率は70年代初頭に50%まで高まったが、その後は伸び悩む。給食費未納が問題になったことや、高度成長期に都市部の子どもの数が急増し、学校建設が優先されたためだ。70年代は既婚女性の6割が専業主婦となり、家庭で弁当を負担することが当然視された向きもある。こうして「忘れられた課題」となっていた。

     ●食育で高まる注目

     ところがここ10年ほど、再び中学校完全給食化の動きが活発化する。川崎市に先立ち北九州、大阪、神戸市で導入が進み、政令市でまったく給食を導入していないのは横浜市だけとなった。

     背景には、食育の導入がある。05年の食育基本法を受け、給食は「栄養の改善」から食の大切さや文化、栄養バランスを学ぶ「食育」へ改定された。さらに、家庭環境の変化。共働きや一人親世帯が増え、子育てへの社会的な支援が求められている。大阪、北九州市の調査では週1回も弁当を持参しない生徒は3~5%。育ち盛りでも食事が十分でない生徒がいたのだ。

     ●貧困対策の側面も

     貧困対策の側面も大きい。貧困に直面する子どもは今や6人に1人。14年に政府がまとめた「子供の貧困対策大綱」は学校を貧困対策の拠点として位置づけ、食事・栄養の確保のため給食の普及・充実を盛り込んだ。女子栄養大学などのグループが小学生の食事を記録した研究では、低収入世帯の子どもはたんぱく質など栄養素の摂取が少ないが、平日の昼食は差がなく給食の役割が大きいことを示している。

     「中学に入ると唯一きちんとした食事だった給食もなくなってしまい(中略)ほとんど毎日、昼食抜きで過ごしていた」。川崎市出身の俳優、風間トオルさん(55)は16年に出版した「ビンボー魂」(中央公論新社)で中学時代の貧困生活をこう振り返る。

     子どもの貧困は表面化しにくく、当事者は声を上げにくい。「弁当を多めに作り、持ってこない生徒にこっそり分けていた」「弁当のない生徒は昼休みに養護室に隠れていた」。完全給食導入後、川崎市教委が学校へ聞き取りしたところ、こうしたエピソードが語られ「子どもが笑顔になった」と導入を評価する声が多かった。見えにくかった問題があぶりだされた形だ。

     跡見学園女子大学の鳫(がん)咲子教授(行政学)は「学校給食ですべての子どもに食事を提供することが食のセーフティーネットになる」と指摘する。

     食に対する意識は多様化しており、学校給食をめぐっても、皆が同じ食事をすることを嫌がる声もあり、弁当との選択制でもよいという意見もある。だが、それでは子どもの食をめぐる問題の解決にはつながりにくい。大阪市は一時、中学校給食で弁当との選択方式を採用したが、給食を選択しない生徒がコンビニエンスストアのおにぎりやパンなど簡単な食事で済ませてしまい、全員給食に切り替えた。貧困の子どもだけに食事を提供すればいいという「選別主義」はかえって子どもの気持ちを傷つけることになる。

     学校給食の設備や人件費は自治体などが負担し、それ以外の材料費などを保護者が給食費として負担する。経済的な理由で義務教育の就学が困難な家庭には自治体が費用を援助する就学援助制度がある。給食費はその対象だが、給食のない自治体ではそのぶんの加算がなく、支援が減る。「子どもの食への支援」という原点回帰へと向かう給食。同時に自治体による格差の存在を問いかけている。

          ◇

     食育の推進がいわれる一方、偏った栄養、朝食離れ、貧困など子どもを取り巻く食の現状は複雑化している。育ちの現場の今を報告する。【渡辺精一】=つづく

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