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傷抱え、この街で生きる ISの爪痕残るモスル イラク

銃弾の痕が残る壁近くで遊ぶ子供たち。特に破壊が目立つモスル西部では、日常の風景の大部分を建物の解体やがれきの撤去が占める。壁にはクレーンのレンタルとその連絡先が書かれていた=イラク・モスルで2018年3月
自宅に戻ったアヌアールさん。左は夫のムハンマドさん(55)、右端は長女の子供のアフマドちゃん(2)。爆撃などで崩れていた壁を修復し、今は孫や娘たちと共に少しずつ日常を取り戻している=イラク・モスルで2018年3月
昨年7月、モスル郊外のキャンプで出会ったアヌアールさん。モスル市内に閉じ込められていた日々を振り返りながら、混乱の中で亡くした息子さんのことを語ってくれた
モスルで再会したロアちゃん。左は母親のムナさん。離れ離れになった祖父のアシュラフさん(右奥、70歳)たちとも再会し、すくすくと育っていた=イラク・モスルで2018年3月

 3年にわたり過激派組織「イスラム国」(IS)による占領が続いた、イラク第2の都市モスル。乾いた大地に並ぶ褐色の家々には、銃撃や空爆にさらされた破壊の爪痕が目立つ。この街がイラク軍により奪還された直後の昨年7月に取材した家族を、再び訪ねた。

     アヌアールさん(43)はISからの奪還作戦のさなか、脱出の機を逸し、最後まで街に取り残されていた人々の一人だった。ISだけではなく、彼らに対抗する民兵たちをも恐れたからだ。

     「飢えるか、殺されるかしか、私たちには選択肢がなかった」と当時を振り返る。外気が50度近くにもなる中、水も食料も底を突き、4歳だった息子が衰弱し亡くなった。キャンプでの避難生活後、今は爆撃で砕かれてしまった壁を修復し、辛うじて生活を送っている。「心配は電気や水の不足だけではありません。誰しもが今、恐怖を忘れられず生きているんです。隣人だと思った人々が突然、ISとして黒服を着て現れたのですから」

     悲劇はモスルに再び戻る前のキャンプ内でも起きていた。郊外の避難民キャンプで生活を送っていたムナさん(25)は、急に体調を崩してしまった5歳の息子を病院へ連れて行こうと、外出許可を求めた。ところがキャンプを管理していたクルド自治区側の機関は、親子がキャンプ外の街へと出向くことをかたくなに拒んだという。当時自治政府側は、避難民に紛れて武装集団が入り込んでくることを恐れ、統制を強めていた。息子は病院に行けず、その2日後に息を引き取った。家族はモスルへと戻ってきたが、息子の遺体はキャンプの傍らの荒れ地に今も埋められたままだという。「あの時は牢屋(ろうや)の中に暮らしているようでした。だからこそたとえ破壊された街であっても、ここで暮らすことを選んだんです」。今は、避難生活中に生まれ、もうじき1歳となる娘のロアちゃんの成長が心の支えだという。

     元は人口200万人の大都市だったモスルも、帰還したのはその半分にとどまっている。戻ってきた人々も癒えない心の傷を内に秘め、暮らしを続けている。

     街の風景は徐々に取り戻されていくが、“心の復興”はむしろこれからなのだ。<写真・文 安田菜津紀(フォトジャーナリスト)http://yasudanatsuki.com/>(すべてイラク・モスルで撮影)

    昨年7月、国内避難民キャンプに身を寄せていた頃、母親のムナさんに抱かれるロアちゃん(中央)。兄のアルワッドちゃん(右端、当時5歳)はこの直後に病気で亡くなった
    がれきがあふれる街に残る暮らしの場に、かつての住人たちが少しずつ戻っていた=イラク・モスルで2018年3月
    道沿いに、ISの兵士たちが住人から奪った車の残がいが点在する。中央奥のさびた車は、ISが街に来る前、救急車として使われていた=イラク・モスルで2018年3月

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