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必聴

ベートーヴェン唯一のオペラ「フィデリオ」の競演

チョン・ミョンフン(C)上野隆文/東京フィル

 今月、東京でベートーヴェン唯一の歌劇、「フィデリオ」が東京フィルハーモニー交響楽団(演奏会形式)と新国立劇場によって相次いで上演される。自由の尊さや崇高な愛などベートーヴェンが理想として掲げるテーマを高らかに歌い上げた感動的なオペラではあるものの、日本ではそんなに上演されることが多いとはいえない作品だけに、聴き比べてその真価を確かめるには、またとない機会となりそうだ。そこで、両公演の聴きどころ、見どころを紹介する。(宮嶋 極)

     東京フィルは「フィデリオ」を名誉音楽監督チョン・ミョンフンの指揮で、5月定期演奏会として6日(オーチャードホール)、8日(サントリーホール)、10日(東京オペラシティ)の3回にわたって上演する。

     ミョンフンと東京フィルによるベートーヴェンといえば、彼が同楽団のスペシャル・アーティスティック・アドバイザーに就任(2001年)した直後の02年から敢行した交響曲ツィクルスにおける熱演の数々を思い出す。ひとつひとつの表現を深く掘り下げながら、オーケストラ全体がまるで火の玉のようになって繰り広げた情熱的な演奏で、毎回、会場全体を熱狂の渦に巻き込んだ伝説的ともいえるシリーズであった。今年、65歳、このところ音楽に一層の深みを増し、円熟への第一歩を踏み出した感のあるミョンフンが東京フィルと再び挑むベートーヴェンの傑作だけに、両者の関係がいかに成熟したのかを確かめる上でも興味深い公演ではないだろうか。

    ペーター・ザイフェルト(C)Winfried Hosl

     ミョンフンと東京フィルが演奏会形式でオペラを取り上げるのは「トリスタンとイゾルデ」(ワーグナー)、「蝶々夫人」(プッチーニ)に続いてこれが3作目。オペラ、コンサートの両面で世界的活躍を続けるマエストロの指揮だけに今回もペーター・ザイフェルト(フロレスタン)、マヌエラ・ウール(レオノーレ)、フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ(ロッコ)、シルヴィア・シュヴァルツ(マルツェリーネ)といったドイツ・オペラを得意とする実力歌手が集結することから、高水準の演奏が期待される。

    また、演奏開始前には個性的な演技派として人気の俳優、篠井英介によるオペラのストーリーなどについてのトークも行われる。

    カタリーナ・ワーグナー(c)Enrico Nawrath

     一方、新国立劇場では20日から5回、オペラ・パレス(大劇場)で、フル・ステージでの上演が予定されている。飯守泰次郎・オペラ芸術監督の任期中最後の新制作プロダクションとなり、最大の注目はバイロイト音楽祭総裁であるカタリーナ・ワーグナーが演出を担当することであろう。カタリーナは大作曲家リヒャルト・ワーグナーのひ孫で、演出家としては斬新でメッセージ性の強いステージ作りによって、何度もセンセーションを巻き起こしてきたことでも知られている。

     これまでデイロイトでは「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(2007~11年)、「トリスタンとイゾルデ」(2015年~)の演出を手掛けている。曽祖父が創設した同音楽祭の歴史を意識した大胆な読み替えと、そこに込めたさまざまなメッセージによって終演後にブラボーとブーイングが交錯する活気にあふれたステージを制作してきた。「フィデリオ」もベートーヴェンが人類にとって普遍的ともいえる理想をテーマにしたオペラだけに、カタリーナがどんな読み替えで、この作品に新たな生命を吹き込むのか興味は尽きない。

    飯守泰次郎

     指揮は飯守が務め、自らの芸術監督としての任期を締めくくる。飯守は「“フィデリオ”は物語も音楽もとても深い内容を持つ名作。芸術監督としての任期の最後は(得意とする)ワーグナーではなく、ベートーヴェンで飾りたい、と考えていた」と意欲を語っている。

    ステファン・グールド

     こちらもステファン・グールド(フロレスタン)、リカルダ・メルベート(レオノーレ)、ミヒャエル・クブファー・ラデツキー(ドン・ピツァロ)らバイロイトやウィーン国立歌劇場など世界のひのき舞台で活躍中の実力歌手が出演する予定。

     「フィデリオ」は楽聖と呼ばれるベートーヴェンが遺した唯一のオペラ。フランスの劇作家ジャン・ニコラ・ブイイーの戯曲「レオノーラ、または夫婦愛」をヨーゼフ・フォン・ゾンライトナーがドイツ語に訳した台本をもとに制作が開始された。そうして出来上がった、いわゆる第1版は「レオノーレ」のタイトルで1805年11月にウィーンで初演されたが、ナポレオン率いるフランス軍による占領という騒然とした雰囲気の中、ベートーヴェンが期待した成果を得ることはできなかった。その後、多くの改訂を経て完成した第3版(台本=ゲオルク・フリードリヒ・トライチュケ)は題名も「フィデリオ」と改められて、1814年5月にウィーンで初演され、ようやく大成功を収めるに至った。数多の改訂が行われたことから「レオノーレ」のタイトルで作られた序曲が3曲、「フィデリオ」名が1曲と計4曲の序曲が存在する異例の事態に。今日上演されるのは、ほとんどは第3版で、序曲は「フィデリオ」を、第2幕の最終シーンの前に「レオノーレ」序曲第3番が間奏曲として演奏されることが多い。

     ベートーヴェンが「フィデリオ」に求めたのは娯楽としてのオペラではなく、音楽劇を通して表される精神性や啓蒙(けいもう)思想である。フランス革命を背景に精神の自由や崇高な夫婦愛といういかにも彼らしい理想主義に立脚したテーマが掲げられている。

     物語の舞台は18世紀のセビリア(スペイン)。政治犯として収監されている夫フロレスタンを救うためにその妻レオノーレがフィデリオという男性に変装して監獄に潜入。違法行為を行っている刑務所長のドン・ビツァロとの間に命がけのやり取りを繰り広げつつも最後は、司法大臣ドン・フェルナンドの来訪によって救出され、自由を取り戻すというストーリー。

     冒頭こそ、モーツァルトのオペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)の影響からか、音楽、物語の両面でちぐはぐな面も散見されるが、進行するにつれていかにもベートーヴェンらしく精神性に満ちあふれた劇的展開となっていく。第1幕中盤の「ビツァロのアリア」から第1幕終盤の「囚人たちの合唱」までは、モーツァルトの〝くび木〟から完全に離れ、物語と歌詞に呼応する起伏に富んだ音楽へと発展。第2幕冒頭、フロレスタンによって歌われるアリア「神よ、ここは何という暗さなのだ」から幕切れまで、物語と緊密に絡みながら緊張感に満ちた音楽は、後のワーグナーの楽劇に通じるものを感じさせ、観客・聴衆をベートーヴェンならではの感動に誘ってくれるものといえよう。

     

    ☆作品データ

    原作:ジャン・ニコラ・ブイイーの戯曲「レオノール、または夫婦愛」

    台本:ゲオルク・フリードリヒ・トライチュケ(決定稿)

    作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

    初演:1805年11月20日、アン・デア・ウィーン劇場(初版)

      :1814年5月23日、ウィーン・ケルントナートーア劇場(最終版)

    設定:18世紀、セビリア近郊にある政治犯を収容する監獄

    ☆公演データ

    【東京フィルハーモニー交響楽団5月定期演奏会 ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」(全2幕演奏会形式上演、日本語字幕付き)】

    5月6日(日)15:00 オーチャードホール 8日(火)19:00 サントリーホール、10日(木)19:00 東京オペラシティ・コンサートホール

    指揮:チョン・ミョンフン

    合唱指揮:田中 祐子

    お話:篠井 英介

    ドン・フェルナンド:小森 輝彦

    ドン・ピツァロ:ルカ・ピサローニ

    フロレスタン :ペーター・ザイフェルト

    レオノーレ :マヌエラ・ウール

    ロッコ:フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ

    マルツェリーネ:シルヴィア・シュヴァルツ

    ヤキーノ:大槻 孝志 ほか

    合唱:東京オペラシンガーズ

    管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

    【新国立劇場 ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」(全2幕 ドイツ語上演日本語字幕付き)】

    5月20日(日)14:00 24日(木)14:00 27日(日)14:00 30日(水)19:00 6月2日(土)14:00  新国立劇場オペラパレス

    指揮:飯守 泰次郎

    演出:カタリーナ・ワーグナー

    ドラマトゥルク:ダニエル・ウェーバー

    美術:マルク・レーラー

    衣裳:トーマス・カイザー

    照明:クリスティアン・ケメトミュラー

    舞台監督:村田 健輔

    ドン・フェルナンド:黒田 博

    ドン・ピツァロ:ミヒャエル・クプファー・ラデツキー

    フロレスタン:ステファン・グールド

    レオノーレ:リカルダ・メルベート

    ロッコ:妻屋 秀和

    マルツェリーネ:石橋 栄実

    ヤキーノ:鈴木 進

    囚人1:片寄 純也

    囚人2:大沼 徹

    合唱:新国立劇場合唱団

    管弦楽:東京交響楽団

    筆者プロフィル

    宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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