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日本国憲法71年

迷走続く9条改憲 変わらぬ海の不安(その1)

 昨年5月3日、安倍晋三首相が憲法9条に自衛隊の存在を明記する憲法改正を提案してから1年。自民党は紆余(うよ)曲折を経て、今年3月、新たな9条案など4項目の条文案をまとめた。他の与野党から懸念や批判が相次ぐ自民党の9条案を分析する。なお厳しい日本の安全保障環境と憲法の関わりも改めて考えたい。

     ◆自民案「9条の2」に「必要な自衛の措置」

    集団的自衛権の全面容認に余地

     「9条1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持)を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む考え方は国民的な議論に値する」。安倍首相は昨年の憲法記念日のビデオメッセージでこう提唱した。自民党憲法改正推進本部が今年3月22日にまとめた9条改正案は、現行の9条1項、2項を維持した上で、「9条の2」を新設し、自衛隊を明記した。

     一見すると、これは首相案に沿ったものと映る。だが戦後の憲法を巡る論点だった自衛権を巡り、自民案は、当初の首相の提案から大きく変質した。最大のポイントは、自衛権行使の目的と、武力行使の制約についての記述にある。

     歴代政権は、日本が自衛のための「必要最小限度」の武力を行使するのは憲法違反ではない、という立場を取ってきた。特に重要なのが、1972(昭和47)年に政府が国会に提出した答弁書だ。

     いわゆる72年見解は、憲法9条が「必要な自衛の措置をとることを禁じているとは解されない」と、日本が自衛権を持つことを説明。ただし、だからといって「無制限とは解されない」「必要最小限度の範囲にとどまるべき」だとし、集団的自衛権の行使は「憲法上許されない」と制約をかけた。72年見解は長く、日本が個別的自衛権しか行使できない根拠とされた。

     2014年、安倍首相は9条解釈を変更し、集団的自衛権の行使を限定的に容認した。その論理は、72年見解の「必要最小限度」に集団的自衛権が一部含まれるというものだった。野党が「違憲」と批判する安全保障関連法も、武力行使が必要最小限度にとどまるという一線は残った。

     一方、今回の自民案はどうか。新設する9条の2は「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」と規定。72年見解の前段部分である「必要な自衛の措置」を踏襲し、日本の自衛権を明文化した。

     問題になるのは、見解の後段のただし書きの「必要最小限度」が明記されなかったことだ。自民案は自衛権の制約をなくし、「集団的自衛権の全面容認など武力行使の拡大につながりかねない」という指摘が、与野党から一斉に上がった。

     改憲推進本部の中谷元・本部長代理(元防衛相)は4月の日本記者クラブの会見で「いろいろな読み方はあるが、『必要最小限の措置』と考えることもできる」と苦しい説明に終始。首相は昨年5月以降の国会で「改正しても9条の制約は受ける」「自衛隊の任務は変わらない」と答弁してきたが、その主張も破綻する可能性がある。9条改正に慎重な公明党幹部は「本気でこれを出す気なら、詰めに詰めた安保法制の議論は何だったのか。自衛隊の合憲論から論点がずれている」と否定的だ。

     自衛の措置を「妨げない」という表現も議論を呼ぶ。改憲推進本部が3月15日に示した資料では、9条2項の「例外」を意味する可能性があると指摘していた。新たな9条の2が現行9条を超え、集団的自衛権の全面容認の根拠になり得るという疑念はぬぐえない。

     ◆「法の定めにより自衛隊保持」

    「論争に終止符」首相主張

     自民党の9条改正案は「法律の定めるところにより(中略)自衛隊を保持する」と定めた。自衛隊の設置規定は、「自衛隊の違憲論争に終止符を打つ」という首相の主張を直接反映させたものだ。

     自衛隊を「必要最小限度の実力組織」と書くか、「自衛隊」と名称を書くかについては、自民党内でも意見が分かれた。今の憲法に組織名そのものが明記されているのは、国会や内閣、司法、会計検査院だけ。自衛隊を明記すれば「防衛省より自衛隊が上位になってしまうのでは」と懸念する声もあった。このため「法律の定めるところにより」とし、現行の自衛隊法や防衛省設置法を想定。名前を明記しても「自衛隊の性質は変わらない」と説明する。

     一方、野党側は首相の提案について、当初から「安保関連法を合憲化するためだ」と批判してきた。立憲民主党の枝野幸男代表は今年4月、「『自衛隊を憲法に書くだけで、何も変わらない』というのはデマだ。集団的自衛権行使の一部容認も既成事実化される」と指摘している。

    現行法でも文民統制

     自民党の9条案には政治が自衛隊を統制する文民統制(シビリアンコントロール)も盛り込まれた。新設する9条の2の1項は、首相を自衛隊の「最高の指揮監督者とする」と明記。2項で「法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」と記した。

     現行憲法に文民統制に関する明確な規定はなく、行政の長である首相の最高指揮権を示し、自衛隊も行政組織の一つだと明示する意図がある。また自衛隊法などに基づく自衛隊の行動に国会承認が必要な仕組みを、憲法にも反映させる狙いだ。

     ただ、自衛隊法は7条に首相の最高指揮監督権、8条に防衛相が自衛隊を統括することがもともと明記されており、憲法改正が必要かどうかには議論の余地がある。

     さらに現在、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題や、自衛官による野党議員への暴言など、文民統制が問われる事態が続く。このため専門家からは「憲法に書いたところで、実際の運用が十分でなければ意味がない」との指摘も出ている。

    政権失速、保守派に配慮 「解釈動かさず」党内調整で霧散

     自民党憲法改正推進本部(細田博之本部長)は当初、安倍首相の自衛隊明記案をそのまま自民党案にしようとした。だが野党時代の2012年、自民は「戦力不保持」の9条2項を削除して「国防軍」を明記する改憲草案をまとめていたため、石破茂元幹事長らが抵抗。昨年6月から1年近く綱引きが続いた。最後は、2項を削除しない代わりに「必要最小限度」という自衛隊の活動の制約を外す折衷案に落ち着いたが、党内合意を優先したため、他党の賛成が得にくくなる結果を招いた。

     首相は昨年6月、「(昨秋の)臨時国会が終わる前に、衆参両院の憲法審査会に自民党案を提出したい」と表明。9条2項を維持すれば、連立与党・公明党からも支持が得られるという思惑があった。自民党の高村正彦副総裁は「自衛隊が合憲、という点だけ決着をつける」と首相案による集約をにじませた。

     ところが加計学園問題などで内閣支持率が急落。首相は8月の内閣改造後、「(改憲は)スケジュールありきではない」と軌道修正。「安倍1強」を背景に党内を押し切ろうとした推進本部の計算も狂い、石破氏ら12年草案派の抵抗で、議論は手詰まりに陥った。

     すると今年初め、党内の保守派から、9条2項を維持した上で「必要最小限度」のただし書きをつけずに自衛権を明記する案が浮上した。提案した青山繁晴参院議員は、12年草案が制約のない自衛権を明記していることから、「折衷案だ」と説明した。

     今年3月、細田氏らは首相案に沿った条文案を党内に提示したが、青山氏らは「政治的な解釈を憲法に盛り込むべきでない」と、「必要最小限度」の明記に反対した。首相の求心力が低下する中、執行部は保守派からも一定の支持が必要だと妥協し、「必要最小限度」を削除して「必要な自衛の措置」と修正した。

     結局、自民党案は「憲法解釈は1ミリも動かさない」という趣旨から変質し、集団的自衛権の全面行使が認められる余地を残した。青山氏は自民党案がまとまった後も、インターネット番組で「憲法を変えると自衛隊の任務は変わる。変えられないなら、なぜ9条を改正する必要があるのか」などと主張している。公明党や野党からはほとんど自民党案への賛同はなく、同党幹部からは「あれはたたき台。他党との協議で変えればいい」と投げやりな声も漏れる。

    9条改正避けた? 小手先の別条新設

     自民党の憲法改正案は、自衛隊の存在を明記する規定を「9条3項」ではなく、「9条の2」という別条として規定する。9条3項でも「法文上の意味に違いは生じない」(憲法改正推進本部の保岡興治特別顧問)とされるが、あえて別条にして、現行9条1項(戦争放棄)と2項(戦力不保持、交戦権の否認)は変わらないとアピールする狙いだ。

     「○条の○」という形式は「枝番号」と呼ばれ、一般の法律でも用いられる。自民案を新たな「10条」にした場合、以降の条文の番号が一つずつ繰り下がり、それらを引用している他の憲法の条文や政府見解も変更しなければならない。

     一方、自民案を9条3項とすると、「1~3項全体で9条」と位置づけられ、文字通りの9条改正にあたる。このため全体の条文の番号を変えず、現行9条と10条の間に「9条の2」を挿入する手法を取ったわけだ。自民党が今回の案を「9条改正ではない」と主張することも理屈の上では可能だが、あくまで法文上のテクニックで、9条論争に大きな影響を与える内容だけに、世論の理解を得るのは難しそうだ。

    根強い「芦田修正」論

     9条を巡る自民党の議論では、歴代政権が採用していない「芦田修正」論を支持する意見が根強いことも、意見集約を難しくする要因になった。

     芦田修正は現憲法の制定過程で、政府の憲法改正小委員会の芦田均委員長が、憲法草案に行ったとされる修正だ。9条2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を挿入したことを指す。これにより、その後に続く「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」(戦力不保持)の意味が限定され、1項が定める「国際紛争を解決する手段」ではない戦力、つまり自衛のための戦力なら持つことができるという主張だ。

     この説を取ると、日本は現憲法下で、個別的自衛権に加えて集団的自衛権も全面的に行使でき、国連による集団安全保障にも参加が可能になる。

     しかし歴代政権は芦田修正を採用してこなかった。憲法前文と13条(国民の生命、自由と幸福追求の権利)に基づき、国が自衛のための必要最小限度の実力組織として自衛隊を持つことまで、9条は禁じていないという立場だ。芦田修正を取らず、「集団的自衛権が行使できない」ことへの自民党の不満が、9条2項自体を削除する2012年の党改憲草案につながった面がある。

     安倍首相も「芦田修正は政府の憲法解釈と整合せず、採用しない」と明言。一方、自民党の石破茂元幹事長は「なぜ採用しないのか、明確な答えはない」と疑問視する。


     この特集は、小田中大、田中裕之(以上政治部)、金子淳、伊藤直孝(以上社会部)が担当しました。

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