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論の周辺

「リズム」という視点の新鮮さ

 劇作家・評論家の山崎正和さんが、評論『リズムの哲学ノート』(中央公論新社)を刊行した。「私の半世紀にわたる著作履歴のなかで、画期的な一冊」と、あとがきに記しているように、著者が長年温めてきた「大切な主題」に正面から挑んだ力作である。

     古代ギリシャのパルメニデスからベルクソン、ポランニー、メルロ=ポンティといった近現代の哲学者、さらには心理学や人類学、脳科学をはじめとする自然科学の知見をも総動員した思索の深さは、もとより記者に理解できる範囲を超えている。既に出ている識者の書評に付け加えられることもない。しかし、この本で取り組まれた「リズム」を根底に据えて考えることの豊かさ、それを論じる思考自体が刻むリズミカルな文体は、読者を魅了してやまない。

     山崎さんはまず「人間にとって、リズムというものほど広く感じとられる現象は少ない」、「リズムの感受性は人類の地域も歴史も超えて、いわゆる文明化の程度と関係なく共有されている」と、この主題の普遍性を示し、論を起こしている。そして世阿弥の説いた「序破急」から始まって、リズムの本質を探っていくのだが、その際、例として挙げられるのが日本庭園によく見られる「鹿(しし)おどし」だ。

     鹿おどしは、流水を竹筒の一端に付けられた水受けで受け止める仕掛け。「水受けは水の力にしばし抵抗したうえで、やがて下に押し下げられて水をこぼすと、跳ねあがって竹筒の端を石に打ちつけて音をたてる」。ここに見られる「流動と抵抗の衝突」はリズムの基本的な構造で、小は「雨後の樹木の葉先に溜(た)まる水滴」から、大は地球上の生命全体の歴史と個体生命の関係に至るまで共通している。

     こうしたリズムは、人間の「感覚や意識という通路を経ることなく、どこからともなく直接に身体の全体に浸(し)みこんでくる」。この点に、主観と客観、精神と物質のような長く哲学を支配してきた「一元論的二項対立」を打ち破る可能性を見いだし、身体論や認識論、自然科学といったさまざまな観点から周到な検証を重ねていく。

     分かりやすい例では、「自転車に乗れるようになる瞬間は突然、あたかも幸運のように受動的に訪れる」。自転車で倒れないように進むには一定の半径で左右にカーブさせ続ける必要があるが、これを意識してやってはかえってうまくいかない。新しい習慣を創造する「練習」という営みによって可能になるのであり、それは「身体から意識の関与を排除し、それをリズムの支配に委ねるための行動だ」という。

     リズムと習慣、練習、学習などとの関係については、もっと精緻な議論が組み立てられているが、学習に関連してトマス・クーンの提唱した「パラダイム転換」に触れているのが興味深い。科学史の流れを「たんに漸進的な変化の連続ではなく、間歇(かんけつ)的な堰(せ)き止めと飛躍の継起として捉えた」もので、まさに「鹿おどし構造」だ。これが学問の歴史一般にも、世論や風俗や社会通念など歴史のあらゆる分野にも働いていると見る。

     結論部分で著者は、哲学と常識が大きくかけ離れている現状を指摘し、両者の「二元的両立を求めたい」と述べる。そのうえで、「現代の常識を人間至上主義と呼ぶならば、リズムの哲学は……人間至上の傲慢(ごうまん)が通用せず、その傲慢にもとづく価値観が無効とされる世界があることを示唆することができる」と書く。背景には、「私」の自由拡大へ突き進む近代化の強力な流れがある。そうした常識社会のありようを、哲学の高みに立って裁断するのではなく、リズムという新鮮な視点から深く問い直そうとする。知的にしてドラマチックな書だ。【大井浩一】=随時掲載

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