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あした元気になあれ

高畑勲さんと絵本=小国綾子

 「あなたが一番、戦争を身近に感じた体験は何ですか?」。5年前、20歳前後の若者に街頭インタビューをしたことがある。

     一番多かった答えが、高畑勲さんのアニメ映画「火垂(ほた)るの墓」(1988年)だった。「戦争は嫌だとリアルに感じた」「涙が止まらなかった」。学校で見た原爆のビデオよりも修学旅行先の沖縄で聞いた戦争体験よりも、戦争を自分と地続きの存在だと感じたという。

     主人公の清太は14歳。母を空襲で失い、4歳の妹と親戚を頼るが冷たく当たられ、家を出る。池の脇の横穴に住み、妹を養おうとするが、最後は妹を栄養失調で死なせてしまい、自身も息絶える。

     高畑さんは生前、「この作品は反戦映画ではない」と言い続けた。むしろ「わずらわしい人間関係を疎み、逃れようとする清太は、現代の青年や子どもに似ている」と。だからこそ親戚宅を逃げ出し、妹を死なせてしまった少年の悲しい生きざまを「現代ほど共感し得る時代はない」と信じ、映画化したという。若い世代がこの映画の描く戦争を「地続き」と感じたのはそのためかもしれない。

     しかし、そんな「共感」も徐々に薄れつつあるのだろうか。先月、高畑さんの死を機に作品がテレビで再放送されたが、ツイッターでは「清太の自業自得」と突き放す投稿も目立った。妹の死をあわれに思うあまり兄のふがいなさを批判してしまうのかもしれない。でも14歳の戦災孤児を「クズ」「ニート」と言い捨てるのはどうか。

     確かに清太の選択は幼い。でもそれは極限状態でのこと。そもそも兄妹はなぜ2人きりで戦火を生きねばならなかったのか。彼らから母親を奪ったのは何なのか。

     9歳の時、岡山で空襲を体験した高畑さんは、映画を作る前、自分よりずっと若いスタッフらに「生涯で一番大事にしている絵本」を見せた。それはベトナム戦争下の子どもを描いたいわさきちひろさんの「戦火のなかの子どもたち」(73年)。戦争を知らない世代のスタッフたちに戦災孤児のイメージを共有してほしかった、と自著につづっている。

     高畑さんの訃報に触れ、久しぶりに読み返した。幼い日、母がほろほろと泣きながら読み聞かせてくれた絵本だ。父から聞いた空襲体験とともに、心に刻まれた私の「戦争」。絵の中の子どものまなざしが心にずしりと重かった。(統合デジタル取材センター)

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