イタイイタイ病

公害認定50年 悲劇の風化憂う 苦痛と苦悩、撮り続け

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痛みを和らげるため畳ごと病院に運ばれる患者の小松みよさん。損賠訴訟原告団の先頭に立った=富山県の旧婦中町で1955年
痛みを和らげるため畳ごと病院に運ばれる患者の小松みよさん。損賠訴訟原告団の先頭に立った=富山県の旧婦中町で1955年

 むしろ旗を立てて抗議する住民、しめやかに柩(ひつぎ)が運ばれる野辺送り。富山県の神通川流域で「イタイイタイ病」(イ病)の患者を追い続けた写真家、林春希さん(68)=名古屋市=のフィルムは3万6000カットに及ぶ。ほとんど未公開のまま、県立イタイイタイ病資料館に保管されている。国が全国で初めて公害病と認めた1968年5月8日から半世紀。「風化させず語り継いでほしい」。林さんの思いは強くなるばかりだ。【鶴見泰寿、森野俊】

 林さんは当時、報道カメラマンを目指し、東京綜合写真専門学校に通う学生だった。水俣病の問題を撮影した写真家に憧れて公害問題にも興味を持つようになり、神通川河川敷にテントを張って寝泊まりするほど通い詰めた。旧婦中町地区(富山市)でのイ病患者の日常生活や、原因企業・三井金属鉱業を相手取った損害賠償訴訟の過程を撮り続けた。

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