湯川秀樹

博士の思い、見つめ直す 公開日記を判読、小沼・慶大名誉教授に聞く /京都

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湯川秀樹の日記の判読に携わる小沼通二・慶応大名誉教授=横浜市港北区の慶応大日吉キャンパスで、菅沼舞撮影
湯川秀樹の日記の判読に携わる小沼通二・慶応大名誉教授=横浜市港北区の慶応大日吉キャンパスで、菅沼舞撮影

 ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹が1954年、米国による太平洋ビキニ環礁付近での水爆実験を受け、核廃絶運動に本格的に乗り出す経緯を示す日記の内容を京都大基礎物理学研究所・湯川記念館史料室が11日、公開した。湯川と交流があり日記を判読した小沼通二(みちじ)・慶応大名誉教授(87)=素粒子理論、写真=が毎日新聞のインタビューに応じた。核兵器は依然減らず、原発事故の危険性も抱える現在、湯川の日記公開を機に改めて考える意義を語った。【菅沼舞】

 湯川はビキニ水爆実験を受けて同年3月30日付の毎日新聞に「原子力と人類の転機」を寄稿した。その中で、核兵器が想定をはるかに超えて暴走する恐れに警鐘を鳴らすだけではなく、50年代から国が盛んに強調してきた「平和利用」(原発)がはらむ危険性も予見。それが杞憂(きゆう)でなかったことは東京電力福島第1原発事故で示された。

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