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欧州ニュースアラカルト

104歳の豪科学者はなぜスイスで安楽死を遂げたのか

安楽死に臨む前日に記者会見するデービッド・グドールさん=スイス・バーゼルで5月9日、ロイター

 オーストラリアの104歳の科学者デービッド・グドールさんが今月10日、自国では認められていない安楽死を遂げるために渡航したスイスで命を絶った。自らの選択が高齢者の人生を終える権利について議論を生むことを望んでいた。

「ふさわしい時期に死を」

安楽死に臨む前日に記者会見するデービッド・グドールさん(中央)=スイス・バーゼルで5月9日、ロイター

 「私の年齢あるいは多少低い年齢であれば、ふさわしい時期に死を自由に選択したい。明日人生を終えることは私自身の選択だ。それを心待ちにしていた」

 グドールさんは亡くなる前日、スイス北西部バーゼルのホテルで記者会見を開いて心境を語った。会見を報じた映像をみる限り、言葉は力強くはっきりと聞き取れた。報道陣から「最期に聴きたい音楽は何か」と尋ねられたグドールさんは、「ベートーベンの交響曲第9番」だと応じ、一呼吸置いて「歓喜の歌」の一節を張りのある声でドイツ語で歌うと、顔をくしゃくしゃにして笑った。3人の孫たちと囲んだ最期の食卓には好物のフィッシュアンドチップスとデザートにチーズケーキが並べられたという。

 渡航計画を支えた自死支援団体「エグジット・インターナショナル」の説明によると、グドールさんは翌朝、バーゼルの専門クリニックで親族が見守る中で手続きに必要な書類に署名。その後、医師が致死量の催眠鎮静薬を点滴で投与する準備を整えると、体内に注入するためのハンドルをグドールさんが自ら回した。午後0時半、部屋に流れる「歓喜の歌」が終わるとほぼ同時に息をひきとった。

 生態・環境学者であるグドールさんは、豪西部パースにある大学の名誉研究員として100歳を超えても研究生活を続けていた。豪公共放送ABCなどによると、2014年を最後に研究論文は発表していないが、2年前までバスと電車を乗り継いで1時間半かけて週の半分以上もキャンパスに通い、学術誌の編集や査読(審査)をこなしていた。

 しかし近年は、急速に視力と聴力が落ちて電子メールも確認できなくなったという。老衰で自立した暮らしが困難になり、ほとんどの友人が他界した。死に直結するような重い病気を患っていたわけではないが、「生活の質」が大幅に低下したことで、104歳の誕生日を迎えた今年4月に人生を終える決断をしたと報じられている。

自殺ツーリズム

安楽死したデービッド・グドールさんが最期を迎えた部屋=スイス・バーゼルで5月10日、AP

 欧州ではオランダ、ベルギー、ルクセンブルクで、医師が患者の要望に基づいて命を絶つための薬剤を投与する「積極的安楽死」と、グドールさんのケースのように患者の自死を手助けする「自殺ほう助」の手続きを定めた法律が存在する。ただし、対象となるのは原則として在住者のみ。「心身に耐え難い苦痛がある」「他の理にかなった手段がない」などの条件の下で、複数の医師による評価が必要となる。

 スイスにこうした法律があるわけではない。代わりに根拠となるのが刑法だ。スイスの刑法では、自殺ほう助は「利己的な動機」から行われたものでない限り処罰の対象にならない。またほう助する人は医師である必要はなく、対象者の居住地や病状を限定しない点でも上記ベネルクス3国と大きく異なる。

 スイスは、ほう助されての自殺を望む外国人にとって唯一の選択肢だといえる。そのため、治療の見込みのない患者などが海外から訪れる例が後を絶たない。「自殺ツーリズム」とも形容され、受け入れるスイス国内だけでなく、送り出す側の国でも倫理性を巡る議論が続いている。スイス・チューリヒ大の報告によると08~12年に約30カ国から600人以上が人生を終える目的で自死支援団体を頼ってスイスへ渡航した。その多くは、ドイツ、英国、フランス、イタリアなど近隣国の出身者だった。

安楽死に臨む前日に記者会見するデービッド・グドールさん=スイス・バーゼルで5月9日、ロイター

 グドールさんは「エグジット・インターナショナル」の20年来の会員として、オーストラリアで安楽死関連法制の整備を求めてきた。

 同国でも南東部ビクトリア州で医師による自殺ほう助が法制化され、来年6月に施行されることになった。ただし、対象は末期患者などに限定された。グドールさんがスイスへの渡航を決めたのは、自国では自らの希望を遂げることはできないと判断したためだった。最期の記者会見では「誰かの考えに影響されたとは思っていない。私自身の選択だ」と強調した。

 なお日本では医師であっても「積極的安楽死」「自殺ほう助」は認められていない。4月下旬には評論家の西部邁さん(当時78歳)の自死を手助けしたとして、東京地検がテレビ局子会社社員ら2人を自殺ほう助の罪で起訴した。

医師団体は懸念

デービッド・グドールさんが亡くなった病院に置かれた安楽死用の医療器具=スイス・バーゼルで5月10日、AP

 グドールさんの死は自国オーストラリアだけでなく、安楽死を目的にスイスへ渡航する人が多い英国の主要メディアも関心を寄せた。

 「エグジット・インターナショナル」は「平穏で威厳ある死は望む人すべての権利だ。それを成し遂げるために国を出ることを強いられるべきではない」と声明で主張。今回のケースを受けて国内外で人生を終える権利についての議論が喚起されることを期待する。

 一方、オーストラリアの医師団体は懸念を示している。

 豪ABCによると、マイケル・ガノン豪医師会長は、100歳を超えた人が自ら命を絶つことが「祝福」されてはいけないと問題提起し、「私たちはより良い終末期ケア、より良い緩和ケアを目指すべきだ」と話した。

 「死の自己決定権」を巡る論争は、安楽死が定着した国でも続いている。オランダでは02年に世界で初めて法制化されてからも、意思の疎通が難しい重度の認知症患者や未成年にも安楽死を許可するなど解釈の幅が拡大。さらに近年は健康上に問題はなくても「生きるのに疲れた」と考える人にもその対象を広げるための運動が広がっている。(https://mainichi.jp/articles/20170705/ddm/007/030/097000c)【八田浩輔】

八田浩輔

ブリュッセル支局 2004年入社。京都支局、科学環境部、外信部などを経て16年春から現職。欧州連合(EU)を中心に欧州の政治や安全保障を担当している。エネルギー問題、生命科学と社会の関係も取材テーマで、これまでに科学ジャーナリスト賞、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞(ともに13年)。共著に「偽りの薬」(毎日新聞社)。Twitter:@kskhatta

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