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シネマの週末・この1本

モリのいる場所 老画家と妻の桃源郷

 虫や植物を単純な線と明るい色彩で描いた、画家の熊谷守一が主人公。しかし伝記映画とはほど遠い。業績を振り返ったり、半生を追ったりはしない。絵を描く場面すらない。沖田修一監督は、熊谷守一の独特のキャラクターを借りて、映画の世界を自由に創作した。仙人のような老画家とその妻の、にぎやかで穏やかな1日を、控えめな笑いを交えて素描する。写実的でありながらファンタジーでもあり、愛らしい小品だ。

     94歳の画家モリ(山崎努)は、妻秀子(樹木希林)と草木生い茂る庭のある、古い家に住んでいる。モリは日がな庭を歩き回っては、虫や池の魚や石ころをじっと観察する。30年も庭の外に出ていない。秀子と彼女を手伝う美恵(池谷のぶえ)が家を切り盛りする。庭は外界と隔絶されて別の時間と法則が支配する小宇宙。中心にいるモリの引力に引き寄せられて、いろんな人が集まってくる。

     ずうずうしい画商、揮毫(きごう)を求める旅館の主人、モリを撮る写真家とその助手、向かいに建設中のマンションの持ち主。それぞれの思惑や言い分を抱えてやって来るものの、庭に寝そべってアリの群れを観察し「アリは左の真ん中の足から動き出す」などと言い出すモリに毒気を抜かれ、けむに巻かれる。親密で居心地がよく、ぬくもりに包まれた桃源郷。観客も脱力し、しばしそこで遊ぶことになる。

     そしてこの映画、良くも悪くも日本映画の今を映す。昭和のたたずまいを再現した家と庭のセット、ほのかな叙情性と情感の表現、控えめだが巧みなユーモア。繊細で精緻で、見事な完成度。一方で、庭の日当たりを奪うマンション建設や、夫婦が積み重ねた歳月の重さは、さらりと流して深入りしない。社会や時代の隠し味をもう少し濃くすれば、あっさり風味にコクも加わったのでは。1時間39分。東京・シネスイッチ銀座、大阪・シネ・リーブル梅田ほか全国で。(勝)

     ◆異論あり

     守一の語り口には捉えどころのないユーモアが漂い、泰然と受け止める秀子の存在がまたとぼけた笑いを生む。ほっこりという言葉だけでは形容できない夫婦の歴史と関係を、ある夏の日の中で表現した山崎と樹木のかけあいが見事。お茶の間に金ダライが落ちてくる突然の演出が浮いていないのは、作品全体が時代のムードに染められているからだろうか。熊谷家に出入りするカメラマン役の加瀬亮、物おじしないアシスタントを演じた吉村界人など、名優の脇に“昭和顔”の男たちがそろっているのも楽しい。(細)

     ◆技あり

     月永雄太撮影監督は、モリ一家が住む簡素な日本家屋と、手入れ感のない庭の自然さを目立たない技巧で撮る。たとえば、家族たちがモリを「超俗の人」と紹介するテレビを見ている時、モリは離れたこたつの定位置に座り、畳のへりに入った10円玉をマッチで取り出してしばし眺め、また戻す。太陽が差し込まないモリのいる部屋と、後景の晴れた庭の草木との対比が効果的。また定点観測するように、庭の石や鉢などに座り、植物や虫などを見て回る時の日差しの差が、全編の句読点になった。白洲正子が「天外に遊ぶ心地」と評した熊谷夫婦の生活がにじみ出る。(渡)


     今週の執筆者は勝田友巳(勝)▽高橋諭治(諭)▽鈴木隆(鈴)▽渡辺浩(渡)▽細谷美香(細)▽山口久美子(山)です

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