寄稿

歌謡ロック開拓、一大市場に 西城秀樹さんを悼む=富澤一誠(音楽評論家)

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ステージで熱唱する西城秀樹さん=東京都新宿区で1991年11月4日、島田邦光撮影
ステージで熱唱する西城秀樹さん=東京都新宿区で1991年11月4日、島田邦光撮影

 西城秀樹が「情熱の嵐」「激しい恋」「傷だらけのローラ」などでブレークするまで“歌謡曲”は自作自演が主体のフォークやロックに比べると音楽性が低いと揶揄(やゆ)されていた。なぜなら、プロの作詞作曲家が作った曲をただ歌っているだけで、フォーク、ロックアーティストのように自分のメッセージがないと思われていたからだ。いわゆる“お人形さん”、そんなレッテルを貼られた扱いがそれまでの“歌謡曲歌手”だったのだ。

 しかし、そんな歌謡曲にロック色の強い要素を取り入れ、歌謡曲とロックを融合させたニュージャンルともいうべき“歌謡ロック”を確立したパイオニアが西城秀樹なのである。しかも、その歌謡ロックを一大マーケットにしてビッグビジネスにしたのも西城で、これは彼の大きな功績と言っていい。

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