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月刊・時論フォーラム

日銀の金緩緩和/朝鮮半島情勢

 政治と経済、外交。国際社会はいずれも画期を迎えている。識者が論壇での現代社会を読み解く本欄では今月、井手英策・慶応大教授がアベノミクスの下で進む金融政策と1990年代以降の財政政策を分析しつつ、「成長依存社会」脱却の道を探った。また朝鮮の南北首脳会談が行われ、さらに米朝首脳会談が決まるなど北東アジア情勢が激変する中、石原俊・明治学院大教授と吉田徹・北海道大教授はそれぞれの視座から日本が果たすべき役割を指摘した。

    金融政策決定会合を終え、記者会見する日銀の黒田東彦総裁=東京都中央区の日銀本店で4月27日、手塚耕一郎撮影

     ◆日銀の金緩緩和

    「成長依存社会」変革を 井手英策

     4月27日に行われた日本銀行の金融政策決定会合で、新しい「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」が示され、2019年度ごろとされていた物価上昇率2%の目標達成時期が文章から削除されることとなった。

     この間、6度にわたって達成時期は延期されており、左派・リベラル系の紙面では責任放棄だという批判の声があがった。一方、保守系の紙面では、現行政策の継続を求めつつ、政策の自由度を高める現実的な判断だという前向きな評価がなされた。アベノミクスの否定派と肯定派、それぞれで主張が分かれたかたちだ。

     まずは事実確認から始めよう。

     日銀が量的・質的金融緩和に踏みきったのは13年4月だ。だが、展望リポートも重視する生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数は、リーマン・ショック以前の水準をいまだに回復できていない。

    GDP拡大 疑問符

     一方、名目国内総生産(GDP)はたしかに伸びている。だがこれにも、二つの意味で疑問符がつく。

     まずGDPの算定基準が改定され、「底上げ」が起きている。数字を確認できる13年と15年のGDPを比べてみる。新基準では25兆円増だが、旧基準では18兆円増にとどまっている。可処分所得がピークだった1997年と15年を比べてみよう。新基準ではすでに97年のGDPに到達しているが、旧基準では21兆円も不足している。

     もうひとつは、ドル換算で見たGDPの動きだ。安倍政権では円安が加速し、GDPを押しあげた。だがその結果、ドル建てで見たGDPは12年の6・2兆ドルから16年の4・9兆ドルへと大きく減少した。1人あたりGDPも経済協力開発機構(OECD)のなかで11位から18位へと順位を落とした。GDPは増えたが、国際的に見れば地位を低下させたという構図だ。

    二つの問題生じる

     日銀の量的・質的金融緩和は、尻すぼみに終わったと見てよいだろう。いや、それだけならまだよい。金融緩和に依存した経済政策は、二つの見えにくい問題を引き起こした。

     一つは所得分配の問題だ。金利が下がると家計部門から企業部門への所得移転が起きる。家計に行くはずの利子が消え、反対に企業の借入金利は下がるからだ。また、借り入れができるのは中高所得層に限られるから、家計部門のなかでも格差拡大圧力が働く。

     もう一点、この所得分配のゆがみは、民主主義の形骸化のもとで進行している。予算は国会による審議のもとで慎重に編成されるが、金融政策は、政府からの見えにくい圧力にさらされやすく、裁量的な政策も行われがちだ。

     事実、危機の時代には、民主主義が動揺し、必ず金融の政治利用が始まる。それは戦時中やリーマン後の世界経済を見れば明らかだ。先進各国は量的緩和政策に移行したが、現在、緊急事態からの離脱段階にある。だが、日本は、足かけ18年も超低金利というぬるま湯につかり続けている。

     国債の買い入れによって資金の供給量を増やす。緩やかなインフレを起こし、経済の安定成長を図る。こうした政策志向は「リフレ派」と呼ばれる。じつは、80年以上も昔、高橋是清蔵相のもとでリフレ政策が実施されていた。いわゆる高橋財政である。

     高橋財政の成功こそがリフレ派の主張に説得力を与えてきた。だが、高橋財政では、日銀に国債を引き受けさせ、空前の財政出動を行った。そのうえで、現在の国債買い入れとは反対に、国債を売り出すことで過剰な資金を吸収するという政策パッケージだった。

     高橋は言う。「一部の人は通貨を増発して、物価を高くするようにと主張するが」「アメリカではしばしばこれをやって、いまだかつてその目的を達しない。いつでも弊害ばかりが起こる」「一時の結果に迷うて永劫(えいごう)の災いを残すことは慎まねばならぬ」。高橋のリフレはあくまでも財政主導だ。財政出動の重要性を説く「シムズ理論」も80年前には「常識」にすぎなかった。

     先進諸国でも、金融依存の限界は認識されつつある。16年に上海で開かれた主要20カ国・地域(G20)の声明では、「金融政策のみでは、均衡ある成長につながらない」と断言され、機動的な財政出動が求められた。

    効果ない財政出動

     だが注意しよう。日本では、財政出動=景気拡大という図式じたいが機能不全化している。

     バブル崩壊後の日本の平均実質成長率は約1%だ。減税と公共投資を重ね、空前の債務を生んだ90年代、戦後最長の好景気にわいた小泉政権期、そして、アベノミクス、五輪需要、100カ月におよぶアメリカの好況に支えられたいま、それでも平均で1%しか成長できていない。中長期的な経済成長率である潜在GDP成長率を見ても、日本のそれは、アメリカやドイツの半分程度。これが日本経済の実力なのだ。

     量的・質的金融緩和は行きづまっている。だが財政出動でバラ色の未来がやってくるわけでもない。アベノミクスへの批判は、左派・リベラルに対して、対抗軸を示す力、彼らの構想力を即座に問い返す。問いは明確だ。成長が滞ればみなが不幸になる「成長依存社会」をどう作り替えるのか。行政や規制の改革に明け暮れた20年。だが時代はいま、社会の変革を求めている。

     ◆朝鮮半島情勢

    当事者意識欠く日本 石原俊

     南北首脳会談が世界の話題をさらった。今後を楽観はできないが、朝鮮戦争の「終戦」に向けて交渉が本格化するだろう。南北が主導し米中露を巻き込んで交渉が進む中、日本は「蚊帳の外」だと嘆く声もあるが、仕方ない面もある。日本の政治と社会は、かつて植民地支配した隣国に冷戦の最前線を担わせ「平和」を享受してきたにもかかわらず、いやむしろそれ故に、朝鮮半島の現代史に著しく当事者意識を欠くからだ。

     朝鮮半島の分断の背景には、敗戦が明白な情勢下で日本が降伏を引き延ばし、ソ連の参戦を招いたことがある。そして敗戦国の日本がドイツと異なり分割占領を免れる傍らで、朝鮮半島は米ソに分割占領され、独立後も南北ともに抑圧的体制が続いた。分断反対派が多数を占める済州島では、韓国建国の過程で軍や民兵によって数万人が虐殺された。この済州島4・3事件から4月で70年を迎えた。7月に休戦から65年となる朝鮮戦争では、戦線が南北に移動する過程で幾多の民間人が自国軍から「裏切り者」として殺された。映画「タクシー運転手」の題材である光州事件では、軍事政権に抗議した多数の市民が虐殺された。38年前のちょうど5月下旬のことである。

     韓国では20世紀末の民主化に至るまで、おびただしい血が流された。現在も抑圧的で軍事優先の北朝鮮の体制は、日本の植民地支配に遠因をもつ東アジア冷戦状況の遺産である。独立後一度も臨戦態勢が解除されず、「戦後」を許されてこなかった朝鮮半島の経験をふまえるならば、日本は緊張緩和の邪魔だけはすべきでないだろう。

     ◆朝鮮半島情勢

    日本は能動的関与を 吉田徹

     トランプ米大統領の米朝首脳会談実施の表明から2カ月、南北、中朝、日中韓首脳会談が行われ、北東アジア情勢が動いた。

     半世紀前の1968年5月、パリの学生たちは「毛沢東語録」を脇に、街頭デモを繰り広げバリケードを固めた。民主化を求める「68年革命」は、「プラハの春」のようにベルリンの壁の反対側でも起こった。なぜこの時代、民主化運動が世界で広がったのか。井関・梅崎・小熊の3者は、それが米中接近に象徴される超大国支配の揺らぎと戦後世代の台頭に起因していたという。

     89年の冷戦終結の端緒は社会の民主化を求めた68年にあるとしたのは社会学者ウォーラーステインだったが、冷戦崩壊は統一ドイツを生んだ。「我々は同じ民族だ」という市井の人々のスローガンを前に、東西ドイツ指導者のみならず、強国の誕生を恐れた米ソや英仏も無力だったことを想起すべきだろう。南北統一が全く異なるものとなるにしても、原動力となったのがナショナリズムだったという点では変わりない。

     冷戦構造の恩恵にあずかり、かつての植民地と和解できなかった日本は、呉善花が予断するように南北統一によって敵視されるかもしれない。それでも、否、だからこそ朝鮮半島の非核化、そして北東アジアで残る冷戦構造の終結に日本が関与しないわけにはいかない。68年、89年と続いた転換点を2018年へつなぐことができるか--北朝鮮との交渉当事者だった藪中が求めるように、平和実現に日本が能動的に関わることができるならば、それは世界史的な役割を果たすことも意味する。


     ◆今週のお薦め4本

    慶応大教授(財政社会学)・井手英策

     ■実感なき景気回復の核心はここだ(広野洋太、週刊エコノミスト5月22日号)特定層の「体感物価」が高いという問題も。

     ■日銀の責任逃れ? 「物価2%目標」めぐる新事態(J-CASTニュースhttps://news.nifty.com/article/economy/jcast/12144-327808/)各紙の論調を整理。金融政策は限界という共通認識。

     ■公文書管理先進国・英国から見た日本(小林恭子、中央公論6月号)文書管理こそが民主主義の土台。

     ■セルフ・ネグレクトとは何か。(岸恵美子、潮6月号)地域コミュニティーの再構築は社会コストを低減させる。

     ◆今週のお薦め3本

    明治学院大教授(社会学)・石原俊

     ■記憶を鍛え、表現しつづける-済州島4・3事件から70年の美術(古川美佳、世界6月号)

     ■タクシー運転手(チャン・フン監督、クロックワークス配給)

     ■日本問題としてのパレスチナ問題(板垣雄三、現代思想5月号)

    今月はイスラエルの建国宣言から70年。泰斗が日本社会のパレスチナ認識の劣化を憂える。

     ◆今週のお薦め3本

    北海道大教授(比較政治)・吉田徹

     ■「1968年」再考(井関正久・梅崎透・小熊英二、思想5月号)世界史的事件の多様性と共通性を問う。

     ■南北同盟 日本を「民族共通の敵」とする最悪の統一朝鮮が誕生する(呉善花、SAPIO5・6月号)

     ■「ディール外交」には原理原則で対応せよ(藪中三十二・白石隆、中央公論6月号)


     ご意見、ご感想をお寄せください。〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp


     ■人物略歴

    井手英策(いで・えいさく)

     慶応大教授(財政社会学)。東京大大学院博士課程単位取得退学。著書に「財政から読みとく日本社会」など。1972年生まれ。


     ■人物略歴

    石原俊(いしはら・しゅん)

     明治学院大教授(社会学)。1974年生まれ。


     ■人物略歴

    吉田徹(よしだ・とおる)

     北海道大教授(比較政治)。1975年生まれ。

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