手作り傘屋

別れの涙雨 東京・台東区の老舗、来月閉店 「一点物 大事に使う時代終わった」

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
職人が減り、外国産の傘が増えた店内。男性従業員は「閉店セールで安く買えるけど実はすごくいい傘」と掘り出し物を何本か見せてくれた=東京都台東区で15日
職人が減り、外国産の傘が増えた店内。男性従業員は「閉店セールで安く買えるけど実はすごくいい傘」と掘り出し物を何本か見せてくれた=東京都台東区で15日

 下町情緒あふれる東京都台東区で梅雨時の6月、手作り傘屋が閉店する。洋傘製造・卸の「サイトウ」。明治時代創業の米屋が戦後、傘屋へ衣替えした。安価なビニール傘を使い捨てる人も多い昨今、「一点物の良い傘を長く大事に使った時代は終わった」と斎藤元春社長(67)は寂しそうに語る。【夫彰子】

 事務所と合わせて約80平方メートルの店内に色とりどりの傘が所狭しと並ぶ。「閉店SALE」「50%OFF」。そこここに張られたセール札が、間近に迫る店じまいを告げていた。

 店は斎藤さんの祖父、林太朗さん(故人)が1910(明治43)年に東京・市ケ谷で米屋として始めた。関東大震災で店が焼け、現在の台東区入谷へ移転。戦時中の42年、米が配給制になったため、傘作りを一から教わり生計をたてた。終戦後、洋傘屋として再出発。斎藤さんが両親に聞いた話では、「入谷の地価が1坪(3・3平方メートル)700円だった当時、1本5000円の洋傘があっという間に売れた」。皇室に納めた品もあ…

この記事は有料記事です。

残り411文字(全文837文字)

あわせて読みたい

注目の特集