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ひたちなか海浜鉄道

廃線の危機から延伸へ 最終黒字視野

那珂湊駅構内の車庫に並ぶ湊線のカラフルな車両群=茨城県ひたちなか市釈迦町で
湊線を盛り上げる会報をPRする「おらが湊鐵(てつ)道応援団」の佐藤彦三郎団長(左)と伊藤敦之事務局長=茨城県ひたちなか市海門町で
駅舎で列車を待つ人々でにぎわう那珂湊駅の構内。壁には地元住民が描いた絵画が飾られている=茨城県ひたちなか市釈迦町で

 モータリゼーションや少子化による利用客の減少で全国のローカル鉄道が経営難に直面するなか、堅調な経営を続ける異色の第三セクターがある。茨城県ひたちなか市と茨城交通が出資し、勝田-阿字ケ浦間(14.3キロ)を結ぶ「ひたちなか海浜鉄道湊線」だ。廃線の危機を乗り越え、地元住民や観光客に愛されるその魅力を探った。

 ヒラメやカツオなどの水揚げ基地として知られる那珂湊漁港(ひたちなか市)近くに昭和レトロ感あふれる建物が見えてきた。湊線の那珂湊駅だ。職場から帰宅するため駅舎内で列車を待っていた同市在住の会社員女性(59)は「高校生のとき湊線で通学した。最近また乗るようになり、懐かしい気分を味わっている」とうれしそうに話す。

 湊線は1913年、海産物の輸送などを目的に勝田-那珂湊間で先行開業し、28年に阿字ケ浦まで延伸。しかし高度成長期にマイカーが普及すると乗客が急減。さらに経営母体の茨城交通が2008年に経営破綻したため、一時は廃線も検討された。だが存続を求める住民の声を受け、市などが第三セクター「ひたちなか海浜鉄道」を設立して湊線の経営を譲り受け、ローカル線は辛うじて生き延びた。

 三セク設立の前年の07年には、存続を求めた住民ら約1000人が「おらが湊鐵道(てつどう)応援団」を結成。メンバーたちは駅の清掃や除草、催事運営などにボランティアで協力している。結成の中心になった佐藤彦三郎さん(78)は「昔は『湊線はあって当たり前』と思い込み、ありがたみを分かっていなかった」と振り返る。

 富山県内の鉄道会社を再建した手腕を買われ、初代社長に就任したのが吉田千秋さん(53)。吉田さんは「ローカル線は地元の人を大事にしないと生き残れない」と、通学定期券の大幅値下げに踏み切った。これを機に自転車や保護者が運転する車で通学していた高校生が戻ってきた。

 全国の鉄道会社から譲り受けたディーゼル車両を一目見ようと詰めかける全国の鉄道ファンも得意客だ。阿字ケ浦駅構内には、北海道で走っていた雪国仕様の車両が置かれているほか、廃止された兵庫県のローカル線から譲渡された車両が今も現役で走っている。

 さらに、市内にある国営ひたち海浜公園がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて国内外で有名になり、管理課管理係長の大谷俊幸さん(34)は「国営ひたち海浜公園に咲くネモフィラ目当ての外国人客が増えた」と自信を見せる。

 年間乗客数は最低だったころの約70万人から、17年度には100万人を超えた。17年度の決算では三セク設立後初の最終黒字も視野に入っている。

 同鉄道は現在、開校予定の小中一貫校の近くに、新駅を設置する計画を進めている。佐藤さんは乗客確保の切り札として、さらに国営ひたち海浜公園まで延伸するよう期待を寄せる。ネモフィラを気軽に見に行ける交通手段に進化を遂げた先に、明るい未来が待っている。【太田圭介】

ひとくちメモ

 水戸支局への赴任前から湊線には興味があった。大都市圏の鉄道ですら乗客確保で悪戦苦闘するなか、延伸も視野に入れるほど勢いのあるローカル線は他に類を見ない。昭和の雰囲気を残しつつ、平成をも超えて続く鉄路の行方を見守っていきたい。

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