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ロヒンギャ

「移動」奪われ ミャンマー政府へ不信なお

フェンス越しにミャンマー政府への不信感を訴えるロヒンギャの男性(中央)=ラカイン州北部のバングラデシュとの国境地帯で2018年5月28日、西脇真一撮影

 「戻っても隔離生活が続くのでは」。バングラデシュとの国境沿いに続く柵の向こう側で、ミャンマーから逃れた少数派イスラム教徒ロヒンギャの男性が懸念した。ミャンマーへの帰還作業は大幅に遅れ、約70万人といわれる避難民はバングラ側に残ったまま。その背景の一つが、ロヒンギャのミャンマー政府に対する不信感だ。これを和らげ、帰還開始につなげることはできるのか。【シットウェ(ミャンマー西部)西脇真一】

     ミャンマー西部ラカイン州の州都シットウェから国軍ヘリで約1時間。28日、日本の丸山市郎駐ミャンマー大使に同行し、バングラ国境を訪ねた。

     両国は国境の川の両側約45メートルを緩衝地帯とし、本来なら構築物は建てられない。だが、逃げて来たロヒンギャの小屋が無数に建ち、約5700人が暮らす。今はイスラム教の断食月。遠くから礼拝の声が聞こえた。

     丸山大使がフェンス越しにミャンマー語で問いかけると、男性が応じた。男性は、帰還してもミャンマー側の受け入れ施設で長期に留め置かれることを心配していた。

     ラカイン州では2012年、多数派の仏教徒ラカイン族とロヒンギャとの間で大規模な暴動が発生。政府報告書によると死者は双方で192人に上った。

     両者の接触を避けるため、政府はロヒンギャを中心とする人々を国内避難民キャンプに「隔離」した。州内には20カ所以上のキャンプがあり、約13万人が暮らす。

     暴動前からロヒンギャには市民権が与えられず、移動の自由も制限されていた。「収容後はさらに扱いが厳しくなった」(国連関係者)という。

     バングラ国境に近い北部と異なり、シットウェは古くから居住し、国民意識を抱くロヒンギャも多いとされる。シットウェ郊外のキャンプで暮らすティンフラさん(41)は「両親も私も国民登録証を持っている。なのに国民だと認められていない」と涙した。

     同じキャンプの男性は「我々は州内すら自由に動けず、作物を近くに売りに行くのにもリスクがある」と話し、移動制限のため「息子は(キャンプ内の)高校を出ても行ける大学がない」と訴えた。別のキャンプでは「以前は商売をしていた」のに移転先で農業をやれと当局に指示され、途方に暮れる人もいた。

     最近、ラカイン州北部マウンドーに帰還者の一時受け入れ施設が完成した。広大な敷地に建つ宿舎で、約3万人が再定住の準備を進めることができる。しかし現在、施設には自力で帰還した男性62人しかいない。この男性たちはミャンマーでの状況を見極めてから妻らを呼び寄せるという。

     ミャンマー政府のロヒンギャ問題に関する諮問委員会は昨年、ロヒンギャから国籍を剥奪した市民権法の見直しや、移動の自由などを認めるよう勧告した。だが、具体的な動きは見えないままだ。

     ミャンマー経験の長い丸山大使は「今は政府の言うことが信用されていない。一つ一つできることから目に見える形で待遇を改善していく。それが帰還を進めることになる」と指摘する。

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