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@上海・中国観察

ネットで話題の「シンデレラ」は中国のイメージを変えるか

インタビューに応じた龍夢柔さん=上海市内で2018年5月21日、工藤哲撮影

日本デビュー目指す「14億分の1」

 上海中心部のオフィス街・静安寺の高層ビル。午後に待ち合わせの部屋に行くと、待っていたのが上海海洋大学4年生、龍夢柔(ロン・モンロウ)さんだ。小柄で、目はぱっちり。やや茶髪。日本でキャンパスを歩いていたら、思わず振り向いてしまうのではないか。

 彼女は中国や日本で、若者に注目される「時の人」だ。

 ロンさんが日本で一躍有名になったのは昨年からだ。アルバイトでインターネット向けに写真のモデルをしていたところ、中国や台湾で「新垣結衣さんに似ているのでは?」と話題になり始めた。評判が日本にも伝わり、日本の情報番組から出演オファーが届くようになり、いくつかの情報番組に出演した。日本を歩くと、「あ、あの子」と声をかけられるようになった。

 「中国の『GAKKI』」

 ネットでは、こんな言葉が出回る。似ているように見えるが、じっと眺めているとちょっと違う気もする。

 新垣さんは、石原さとみさんや上戸彩さんらと並び、上海女性にとってあこがれの日本人俳優の一人だ。卓球をテーマにした新垣さんの主演映画「ミックス。」が3月に中国で上映されたばかり。ますます知名度が上がっている。

 「日本では確かにそう言われます。あれだけ有名な方と似ているというのは素直にうれしいですが、実際に見てどうですか? 私はあまり似ていると思っていません。彼女ほどすてきな女性ではありませんし……」とロンさん。

中国での芸能デビューは断ったけれど…

 「本当の彼女の姿を知ってほしい」と繰り返すのが、上海でロンさんのデビューを後押しする庄磊さんだ。庄さんは、中国の人気音楽グループ「女子十二楽坊」のプロデュースも手がけ、日中両国の芸能事情に通じている。庄さんはこう話す。

 「日本ではかつて、榊原郁恵さんが『1億円のシンデレラ』と呼ばれていました。ロンは、例えるなら『14億分の1のシンデレラ』です」

日本でデビューを目指す湖南省出身の龍夢柔さん=上海市内で2018年5月21日、工藤哲撮影

 ロンさんは、中国の少数民族、トゥチャ族だ。

 漢字では「土家族」。中国の55の少数民族の一つで、伝統的に農業をして生活し、お茶の生産でも知られる。ロンさんは、トゥチャ族が最も多いという湖南省北西部の湘西トゥチャ族ミャオ族自治州で1995年に生まれた。胡錦濤・前指導部時代に外交担当の国務委員を務めた戴秉国氏もトゥチャ族だ。

 日本ではあまり知られていない地名かもしれないが、映画「芙蓉鎮」のロケ地でもある。自治州は重慶市と隣接する。重慶市や、その隣のパンダで知られる四川省は、湿度が高い気候や辛いものを好む食生活から、美人の多い地域として知られる。ロンさんも辛い食べ物が大好きだ。

 ロンさんの実直な生活ぶりが、中国メディアで紹介されたことがある。

 実家のあるのは165世帯という小さな村。幼いころは毎朝6時に起きてブタやニワトリの世話をし、トウモロコシ畑にいる父に食事を届けていたという。この時から日本のアニメやドラマを見ていた。

 両親の仕送りを受けながら上海の大学に進学し、会計学を勉強した。幼いころから音楽に興味があり、自分で作詞や作曲にも挑戦した。

 転機は2014年。国営中国中央テレビ(CCTV)の大型オーディション番組に出演し、番組でグランプリに選ばれた。番組ではアドリブやコント、ショートムービーなどに挑戦し、農民を演じた演技力も注目された。

 グランプリに選ばれた後、中国の芸能関係者からデビューのオファーが殺到。ロンさんも「ひょっとしたらやれるのでは」と迷ったが、両親は「懸命に働いて大学に入れたのに、芸能界なんてとんでもない」と反対した。

 学業に専念することにし、オファーはすべて断った。ロンさんは当時「歌のオーディションには参加しましたが、スターになりたいとは思いません。私は普通の大学生です」と語ったこともある。

 だが、卒業後の進路について考える時期に入ったころ、写真がインターネットで話題になり、再び注目を集めた。日本のテレビ局などから情報番組への出演依頼を受けるようになり、日本と中国を何度か往復した。

 アニメやドラマを通じ、日本には興味があった。「もし日本の人たちに受け入れてもらえるならチャレンジしてみたい」。6月の大学卒業を控え、そう決意した。「自分がちゃんと独り立ちして、ずっと苦労してきた家族に楽をさせたい」。そんな思いもある。

「中国の若者の姿を日本に伝えたい」

 デビューを目指すロンさんに、上海で心境を聞いてみた。

 --なぜ日本でデビューを目指すのですか?

 日本には神秘的な国というイメージがあり、興味があったんです。アニメやドラマは幼いころから大好きでした。特に日本のアニメには驚きました。どうしてこんなにインパクトがあるのだろう、と不思議でした。これまでにも何度か日本に行きましたが、実際に訪れてみると、みんな親切で感動しました。これからも日本のことをもっと知りたいです。

 --あこがれの俳優はいますか。

 満島ひかりさん。あと小栗旬さんと菅田将暉さんです。

 --特にやってみたいことはありますか。

 歌が好きなので歌手を目指しています。これから日本語を勉強して表現力を高めたいです。あと中国でもしチャンスを頂けるなら、時代劇の俳優にも挑戦してみたいですね。

 --好きな食べ物は。

 湖南省で育っていて、濃い味や辛いものを食べていました。唐辛子を炒めたものや腸詰めなどです。ですが日本に行った時に、意外でしたがみそ汁が好きになりました。あと日本のご飯やエビチリソースが大好きになりました。自分でも好きな味がこんなに変わるのか、と驚いています。

 --趣味を教えてください。

 歌うことや写真撮影です。旅行に行って、行き先の風景を撮影しています。休みの日には体を動かしたり写真を撮ったり、買い物をしたりしています。

 --普段気をつけていることは。

 きれいな水を大量に飲みます。あと果物屋によく買いに行きます。果物やトマトをたくさん食べるんです。

 --目標を教えてください。

 日本デビューが実現したら、日本の若い人たちに、中国の20代の若者って今こんなことに興味があって、こんなふうに考えてますって伝えていきたいです。逆に、もし日本のことがだんだん分かってきたら、中国の人に今の日本の様子を知らせたい。できることを積み上げていって、橋渡し役になりたいな、と思っています。

「楽観」「強大」などの座右の銘を書いた色紙を手にする龍夢柔さん=上海市内で2018年5月21日、工藤哲撮影

 最後に、用意した色紙に座右の銘を書いてもらった。そこにあったのは「楽観」、「強大」といった言葉だ。

 中国のインターネット上での反応は、好意的なものばかりではない。「日本でデビューしたい? 日本にこびてどうする」「新垣結衣には似ていない」

 中国でデビューすれば、日本の10倍以上のギャラをもらえるのでは、といった声もある。

 「確かに日本の10倍以上の人口を抱える中国はマーケットの規模が違います。中国でもらえるギャラは、日本よりずっと多いでしょう。ですが、お金だけが目的なら日本でのデビューなど考えません。まず純粋に、日本に対する興味が強いんです。言葉を学び、日本のことを知りたい。どんなに批判があっても、そんなことにはへこまない。その決意が色紙の言葉です」と庄さんは話す。

日本の流行に詳しい中国の若者たち、でも日本の若者は?

 インタビューを終えて、ある調査の結果を思い出した。

 東京都内の大学の学生に中国のイメージを聞いたところ、思想家の孔子や詩人の李白、作家の魯迅、政治家の毛沢東を思い浮かべる学生は多かったが、映画監督の張芸謀、俳優の范氷氷を知る人はずっと少なかった、というものだ。

 調査に携わった専門家はこう分析した。

 「日本と中国の若者が互いに向ける視線のアンバランスを端的に示している。日本の若者は、中国の同世代の若者の娯楽や日常生活についてほとんど知識がないと思われる」

 この調査は15年だったが、それから既に約3年がたった。日中関係の改善傾向もあり、日中合作映画は少しずつ増え始めている。だが、中国の作品や人気歌手、俳優を目にする機会はまだ決して多くない。その点に大きな変化はない。

 中国、特に上海の若者たちは、日本のアイドルやドラマの主演俳優などに熱い視線を注いでいる。翻って日本は、中国の今の流行にどれだけ関心が向いているだろうか。

 いま中国にはどんな若者がいて、何を考えていて、どんな人が注目を集めているのか。こうした情報を知るきっかけは、多ければ多いほどいいのではないか。

 ロンさんの日本デビューが実現したら、こうした現実を少しずつ変えていくことにつながっていくだろうか。彼女が日本で何を発見し、どう夢をかなえていくのか、注目したい。【工藤哲】

工藤哲

上海支局記者 1999年入社。盛岡支局、東京社会部、外信部、中国総局(北京、2011~16年)、特別報道グループ、外信部を経て、2018年4月から現職。北京駐在時には反日デモや習近平指導部が発足した第18回共産党大会などを取材してきた。著書に「中国人の本音日本をこう見ている」(平凡社新書)など。

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