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高槻城跡

発掘調査 城主の右近が埋めた? 戦国時代の堀見つかる /大阪

発掘調査で見つかった戦国時代の堀=大阪府高槻市野見町で、松本紫帆撮影

 江戸時代に国外追放されたキリシタン大名、高山右近(1552年ごろ~1615年)が城主を務めた高槻城跡(高槻市)から、右近が埋めたとされる戦国時代の堀が見つかった。当時は城の防御機能強化などのために、城郭の拡張が進んだ時期だったとされ、関係者は「戦乱期に備え、右近が新たな城づくりを進めようとした過程がわかる貴重な発見」と話している。【松本紫帆】

     江戸時代の二の丸跡に当たる「城跡公園野球場跡地(同市野見町)」の発掘調査で見つかり、市教委が30日に発表した。

     高槻城は1573~85年、右近が城主を務め、堀と土塁で囲まれた堅固な城として知られている。その後、豊臣家を経て徳川家の直轄地となり、1617年には西国大名への備えとして幕府が全面改修した。

     見つかった堀は幅約7メートル、深さ約2・5メートル、長さ約60メートル。武将・和田惟政が城主だった頃に造られたとされる。戦国時代の高槻城を描いた絵図は残されておらず、市教委の担当者は「この時代の高槻城の姿をうかがい知る大きな手がかりになる」と強調する。堀は後に城主となった右近が城を改修しようとして埋め立てた可能性があるという。

     滋賀県立大の中井均教授(考古学)は「幅7メートルの堀は標準的なサイズだったが、それでは城を守り切れないというのが右近の時代だった。信長の時代、高槻城は地理的、軍事的な条件で重要視された。大きな戦乱に備えるために右近が堀を埋め、巨大な城に造り替えようとしたのだろう」と解説する。

         ◇

     市教委は6月2日午前10時から、現地説明会を開く。問い合わせは市立埋蔵文化財調査センター(072・694・7562)。

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