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がんドクトルの人間学

超高齢社会を生きるには=山口建(県立静岡がんセンター総長)

 最近、「人生100年時代」という言葉をよく耳にします。イギリスのグラットン教授らが著書「ライフシフト-100年時代の人生戦略」の中で、2007年生まれの日本人の半数は107歳まで生きると強調し、注目されました。いにしえより、長寿はめでたいこととされています。しかし、昨今、医療・福祉・介護・年金などの社会保障分野における負担増や、高齢者のケアに必要な人材不足などの理由で、超高齢社会を否定的にとらえる風潮が広まっています。また、お年寄りに尋ねても、「楽しいことがないから早くあの世に行きたい」といった答えが返ってくることもよく経験します。

     私は、1950年の生まれで、生まれたときの平均寿命は58歳とされていました。平均寿命とは、その年に生まれた赤ん坊が、生活環境や医療環境が変化しないと仮定して、平均何歳まで生きられるかを算出した年数です。一方、68歳まで大過なく過ごしてきた男性が、平均して生きられる年数、すなわち平均余命は17年です。そこで、現在68歳の男性の半数は85歳を超えて生きるはずです。68歳の女性の場合は、この数字は89歳余りとなります。

     人生において、前半の50年ほどは「獲得の時代」、その後、死ぬまでは「喪失の時代」と分けることができます。「獲得の時代」では、乳幼児を経て、自立可能となり、身体も強くなり、仕事に就いて収入を得、結婚して子どもができ、また、多くの同僚・友人とつきあい、マイホームや多くの電化製品を購入するといった具合に、さまざまなひと、もの、金を獲得していきます。この状況は、その人にとっての幸福感につながります。

     一方、50歳を超えたあたりから、徐々に「喪失の時代」が始まります。両親や年上の兄弟姉妹、友人、知人などがこの世を去っていきます。身体には老化現象が始まり、病気にかかりやすくなります。子どもたちも独立し、仕事から離れ、収入も減ります。こういう状況では、幸福感は失われ、次第に長生きがつらくなってしまいます。平均寿命が58歳の時代であれば「喪失の時代」は10年程度ですが、超高齢社会の日本では、数十年続くことになり、本人のみならず社会全体も暗いムードに包まれがちです。

     超高齢社会を生きるには、いくつかの工夫が必要です。まず、自分の身体をいたわって、可能な限り「健康寿命」を保つように心がけます。日本人の死亡原因、あるいは自立を妨げる疾患としては、がん、心臓病、肺炎、脳卒中などが主なものですが、それぞれ、予防、早期発見、早期治療が可能です。それでも、いつかは支援が必要になりますが、そのための社会システムの充実は行政の役割です。多くの課題があるものの、地域包括ケアシステムなどの取り組みが全国的に進んでいます。

     超高齢社会に向き合う心構えも大切です。先に述べた理由で、「喪失の時代」に幸せを感じることは少なくなっていきますが、「豊かな心」を育むことで心を落ち着けることができます。「豊かな心」の構成要素は人によってさまざまですが、個人的には、「生老病死を運命として受け入れること」「森羅万象、特に身の回りの全てのことを見つめ直し、新たな発見を楽しむこと」「家族、友人、同僚、社会との絆を大切にし、感謝の念を忘れないこと」「幸せのハードルを下げ、家族や友人に囲まれた普段通りの生活といった当たり前のことに幸せを見いだせること」「自分を知り、小さくても良いから生きがいを持つこと」などが大切だと思います。

     以前、静岡県沼津市の小学校で「命」について講義をしたとき、ある児童が、「命は、今を大切にすること」という感想を寄せてくれました。もっともだと思い、それ以来、機会があれば、がん患者や高齢者に、「過去を後悔しても始まらない。未来をあれこれ考えても思うようにはならない。一日一日を悔いがないように過ごすことが大切だ」とお伝えしています。


     ■人物略歴

    やまぐち・けん

     1950年三重県生まれ。74年慶応大卒。国立がんセンター(現・国立がん研究センター)研究所副所長などを務め、99~2005年に宮内庁御用掛を兼務し、02年から現職。同年から厚生労働省がん拠点病院検討会委員、15年からがん対策推進協議会委員。

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