アスベスト

「吸い込んだ爆弾、不安」工場敷地の寮で生活

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操業していたころの工場の様子を手書きの図で説明する女性=東京都内で2018年3月17日午後3時、柳楽未来撮影(画像の一部を加工しています)
操業していたころの工場の様子を手書きの図で説明する女性=東京都内で2018年3月17日午後3時、柳楽未来撮影(画像の一部を加工しています)

 東京都大田区の半径500メートルの狭い地域で、中皮腫により4人が亡くなっていたが、この地域には40年近く前までアスベスト(石綿)を扱っていた工場があった。その敷地内の寮で暮らした女性(79)は中皮腫の原因とされる石綿飛散の様子を証言、「私と家族は吸い込んだ石綿という爆弾を抱えている。いつどう爆発するか分からず、ずっと不安なままだ」と憤った。

 女性は戦後すぐ、工場で働く母親のほか、妹、弟と寮で暮らし始めた。「敷地内はいつも空気が白っぽかった。風が強いとほこりが舞い上がっていた」と振り返る。敷地内には石綿入りの袋が山積みにされ、周辺の子供たちがかくれんぼをして遊んでいた。石綿製の板を沈めておく池もあり、夏は子供たちが入ることもあった。

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