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米朝首脳会談

非核化実現して 半島の妹、会いたい 広島で被爆の91歳、在日コリアン

被爆体験と米朝首脳会談への思いを語る姜静子さん=京都市南区で、岡崎英遠撮影

 広島での被爆体験を持つ在日コリアンの姜静子さん(91)=京都市南区=は二つの願いを史上初の米朝首脳会談に託す。一つは自分を傷つけ、結婚したばかりの夫の命を奪った核兵器の廃絶が進むこと。もう一つは、太平洋戦争中に朝鮮半島北部に渡ったまま音信不通となった3歳下の妹との再会だ。「戦争が全てを奪った。私のような人を生み出してはならない」と静かに語る。【岡崎英遠】

     東京で鉄道関係の仕事に就いていた父の後を追い、3歳の時に母に連れられて朝鮮半島から日本へと渡ってきた。1945年初め、親の勧めで広島瓦斯(現・広島ガス)に勤めていた朝鮮人男性と結婚し、広島市に移り住んだ。食べる物にも苦労する時代だったが、互いに助け合いながら何とか暮らしていた。

     米軍が原爆を投下した8月6日、爆心地から1・8キロ離れた所で建物疎開の手伝いをしていた。午前8時15分、青白い光が走ると同時に、「ドーン」という衝撃に襲われた。気がつくと建物の下敷きで、熱線で焼けただれた右腕の皮膚がずり落ちていた。郊外の親戚の家に身を寄せ、すりおろしたジャガイモを塗って傷を癒やした。

     爆心地の近くで働いていた夫は行方不明で、遺骨は今も見つからない。2016年、勤務先の原爆犠牲者の名簿に夫の名が記載されていたことを知った。

     戦後はいったん半島に帰ったが、3歳で日本へ渡ったために言葉が分からず、頼れるツテもなかった。数カ月後に再び日本へ戻り、地方都市を転々としながらサウナやパチンコ店で住み込みで働いた。「あの頃は原爆にやられると子どもは産めんと言われてね」。再婚も出産も諦め、被爆の事実を隠し続けた。

     戦後の混乱と朝鮮半島の分断は家族をバラバラにした。現在の北朝鮮へ渡った妹とは連絡も取れなくなり、親や他のきょうだいとは疎遠になった。

     被爆体験や家族の離散を人前で語るようになったのは、つい数年前。戦争を知る世代の同胞が次々と世を去り、自分の体験を語り残す必要があると考えた。「原爆で私の人生は悲しいことばかりになった。核兵器は絶対に許してはならない」

     今年に入ってから高まる南北の融和ムードは、胸の奥に秘めていた家族への思いも呼び覚ました。「妹はもう死んでいるかもしれない。でも会えるものならもう一度だけ会いたい」。12日は、自宅のテレビで会談の行く末を見守るつもりだ。

    「前向きなニュース」 新大久保

     首都圏で暮らす在日コリアンもさまざまな思いで会談を見守った。

     韓国料理店や韓流スターのグッズ店が並ぶ東京・新大久保。焼き肉店に勤めるソウル出身の男性(29)は「たった1度の首脳会談で、すぐに全ての問題が解決するほど簡単ではないと思う」としつつ、「敵対していた国同士が仲良くなるきっかけになれば」と期待した。グッズ販売店経営の女性(43)は「これまで北朝鮮は暗い話題ばかりだったが、今回はとても前向きなニュース。南北にとどまらず、東アジア全体がまとまるきっかけになってほしい」と興奮気味に話した。

     さいたま市のカフェにいた東京外語大大学院生の金理花(キムリファ)さん(28)はスマートフォンで会談の中継を見守った。両首脳が握手した瞬間、「夢でも見てるような気がする」と声を上げ、「まずは朝鮮戦争終結が現実のものとなってほしい」と願った。【川村咲平、奥山はるな】

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