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眼述記

脳出血と介護の日々/14 娘の快走で明るい思いに /福岡

 発症から1カ月が過ぎても同居人(夫)に意識が戻る気配はなかった。それでも40日目の12月19日に救急病院から回復期リハビリテーション病棟がある病院へ移ったのは、救急病院での入院やリハビリを受けられる日数に限りがあるからだ。

     当初、私たちが毎日通える病院をいくつか紹介された。だが、何を基準に選べばいいのか。「まだ若いから、日曜や祝日もリハビリやっている所がいいんじゃない」。主治医のそんな言葉に従い、近隣で一番規模が大きく、回復期リハビリに特化した病院を選んだ。

      ◇     ◇

     転院自体は病院から車で送ってもらえるので付き添う必要がない。だから私はその日、中1の娘の持久走大会を見にでかけた。クラスで代表選手を出して競う「駅伝部門」と、それ以外の全員で競う「持久走部門」。なんと娘は持久走部門のトップで戻ってきた。選抜部門ではないけれど、1番とは大したものだ。

     夫も元気な頃は趣味がジョギングだった。フルマラソンの完走経験もある。運動センスはなくとも体力はある夫婦の遺伝子を継いだらしい。

     当時、私の生活は病院と家の往復のみで、何の反応もしないベッドの夫になるべく明るい言葉をかけながら、頭の中では絶望的な未来しか描けなくなっていた。そんな時に、娘の走りは私を明るい方向へグイッと引き戻してくれた。16歳と13歳の子ども2人にとっても、人生でかけがえのない大事な時期。暗い気持ち一色で過ごさせてはいけないと改めて思った。

      ◇     ◇

     「眼述記」の連載にあたって私は書いた原稿を夫に読み聞かせ、意見やアドバイスをもらっている。その過程で明らかになったことの一つが、彼が倒れてから後の最初の記憶は、この転院の日から始まるということだ。

     最初の病院のことは覚えていないが、次の病院に車で運ばれたのは、はっきりと覚えているという。ただ、その後もまた、もやもやと夢か現実か分からない状態が続いていたという。(文、イラスト=タカクラミエ)

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