メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

北朝鮮と日本人

/上 敗戦の冬、力尽きた兄よ 山口県・原田幹男さん(71)

兄2人の形見のリュックサックを示す原田幹男さん。

 北朝鮮の非核化を主議題とする初の米朝首脳会談が行われた。日本政府は拉致問題の提起を強く求めてきたが、第二次大戦終結まで日本の統治を受け、ソ連の進駐で韓国と隔てられた北朝鮮には、拉致のはるか以前から置き去りにされたままの日本人の悲劇の歴史が幾重にも堆積(たいせき)している。

    帰らねど想(おも)へばつきぬ俤(おもかげ)に安けく眠れ吾(わ)が愛(いと)し子よ

    数え来る六歳(むとせ)の春のいぢらしさ父シャンとなぜに呼ばずや今一度

    長男満さんの遺影

     山口県美祢市の原田幹男さん(71)が示す父鼎(かなえ)さんの歌には朝鮮北東部、咸鏡(ハムギョン)南道高原(コウォン)の収容所で1945年12月23日にうしなった長男満(みつる)さん(3)への悔恨がにじむ。叫びにも似た言葉が続く。<満(みっ)ちゃんよ!今は何して遊んでゐるの/お父さんは凡(すべ)てをすてゝ参り度(た)い/そして心ゆく迄(まで)いだき度い>

     鼎さんは73年に61歳で急逝。帰国後間もなく書かれた歌は遺品から数枚の写真と共に見つかり、口数の少なかった父の胸のうちを今に伝えている。

     朝鮮北部の山岳地帯は豊かな鉱産資源と水力発電の立地に恵まれ、日本海側は「帝国」有数の重化学工業地帯だった。予備役の父は鉱山会社に勤め、一家は高原近郊の仁興(イヌン)に住んでいた。だが敗戦直前の9日、ソ連軍が咸鏡北道に侵攻。暴行・略奪を逃れた人々が咸鏡南道に押し寄せ、両親は兄弟を背負って高原の避難民収容所に移った。ソ連軍が移動禁止令を発し、氷点下30度にもなる極寒の冬がきた。12月5日には1歳半の次男征夫(たけお)さんが麻疹で衰弱し先立った。

    次男征夫さんの遺影

     日本政府は45年8月、ポツダム宣言受諾にあたり、朝鮮や満州(現中国東北部)の在留邦人を現地に定着させる方針を在外公館に打電。保護責任を放棄した。母国に見捨てられ、収容所に詰め込まれた人々は飢餓と伝染病に苦しみ、幼児や老人など弱者から力尽きていった。高原から北に数十キロの都市咸興(ハムフン)と興南(フンナム)では計約1万人が死亡。咸興の避難民が強制移送された富坪(プピョン)では全体の半数近い約1400人が命を失った。

     原田さんは両親の帰国後の47年に生まれた。次兄の後を半月ほどで追う長兄が漏らした「征夫ちゃんはお山に行ったね」という言葉を、母イネさんから聞かされた。『朝鮮終戦の記録』(森田芳夫著、巌南堂書店)に「(高原では)八九名が死亡した。(駅から)七〇〇メートル南方の岡の中腹に埋葬した」との記述がある。原田さんは今も高原の日本人の記録を探し続けている。

     「2人の子を亡くして生きる望みを失った母は鉄道自殺を決意し、寸前で思いとどまったそうです」。失意の両親は46年5月、ソ連兵の目を盗んで北緯38度線を徒歩で越え、南部に脱出した。やっとの思いで故郷に持ち帰ったのは、兄弟が使った手作りのリュックサックと爪、髪を納めたびんのみ。苦難は理解されず「2人だけで帰ったのか」と身内にも責められた。

     72年の日中国交正常化に際し「満州から戻った人はこれで行けるようになる。私も死ぬまでに一度、2人が眠るあたりに行きたい」と墓参の願いを語った母は30年以上待ち続け、2005年に88歳で亡くなった。

     だからこそ、拉致被害者との再会を切望する家族の心情が分かる。だが、なすすべもなく腕の中で事切れた我が子を思う親心は区別され、放置されたままだ。「軍人の遺骨収集も各地で進んでいますが、鉱産資源確保の国策で朝鮮に渡った民間人はどうなるのか。私たち家族は70年以上も待ちわびているのに……」。原田さんは両親に代わって虫干しを重ね、大切に保管してきた形見の小さなリュックサックを見つめた。

         ◇

     戦後、日朝に国交がないまま封印され、忘却の危機に直面する日本人の足跡を振り返る。【井上卓弥】=次回は28日掲載

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 殺害容疑の姉 弟の遺書、偽装の痕跡 父後継ぎで対立か
    2. 大阪震度6弱 市長、ツイッターで「全校休校」 現場混乱
    3. 殺人 自殺装い弟殺害容疑 多額の保険、姉逮捕 堺
    4. ジョジョの奇妙な冒険 第5部「黄金の風」がテレビアニメ化 10月放送開始
    5. キャバクラ暴行死 未婚10代母、遠い自立 娘残し無念

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]