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サイバー空間の国際秩序構築を目指す 多国間でサイバーセキュリティー論じるシンポジウム 広報メディア学科 平和戦略国際研究所 所長
末延 吉正

2018年3月1日掲出

 国境がないインターネット空間を介し、国内でも仮想通貨の流出や身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」の被害などが相次いでいる。サイバー攻撃への対策が日本でも求められる中で、東海大学の平和戦略国際研究所は昨年末、サイバーセキュリティーについて多国間での情報共有を目指してシンポジウムを開催した。2018年は日、米、英、露、イスラエルの5カ国に拡大し、各国の第一人者を招く予定だ。同研究所の所長で政治ジャーナリストの末延吉正・東海大学広報メディア学科教授に取り組みを聞いた。【聞き手・岡礼子】

 

 ――平和戦略国際研究所とは、どのような機関ですか

 平和戦略国際研究所(平和研)は1985年、松前重義博士が中心となって、国際平和を確立するための研究機関として創立しました。米ハーバード大、英ケンブリッジ大などと提携し、早くから「ヒューマン・セキュリティー」の考え方を打ち出して、好評を博しました。元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんもメンバーです。当初、「ヒューマン・セキュリティー」という言葉は、国際社会で認知されていませんでした。

 「ヒューマン・セキュリティー」が世界で認知されたのは、1991年の湾岸戦争の頃です。イラクで国内避難民がでて、国を追われた難民でなくても、守られるべきか議論になりました。当時、難民というのは「国を失った人」だったので、国内にいる人を保護するのは、当事国の主権を侵すことになると、もめたのです。国連難民高等弁務官だった緒方さんが「困っている人がいるのに、国連が保護せずに、何のための国連なのか」と、国内避難民の保護を決断しました。

 この時の緒方さんの発想がまさに「ヒューマン・セキュリティー」です。安全保障は、国家単位の防衛だけでなく、人間1人1人を戦争から救い、貧困から守るべきだという考え方です。PKO(国連平和維持活動)に積極的なカナダ、緒方さんを中心とした日本で研究が始まりました。カナダは紛争を第三者の立場で防止したり、介入したりするPKF(平和維持部隊)の研究。日本は、公衆衛生やエイズ、食の問題など、人間を安全な状態にすることを広く「ヒューマン・セキュリティー」ととらえて研究を進めました。

 研究は90年代に始まって、日本が貢献したのは小渕政権の時です。98年、国連に「人間の安全保障基金」を創設しました。それを民間で進めようとしてきたのが本学の平和研です。例えば、ロシアで健康寿命を延ばす研究等が、2017年度に文部科学省の「大学の世界展開力強化事業」に採択されるなど、継続して取り組んでいます。

 

 ロシアと交流 モスクワに野球場

 ――サイバーセキュリティーのシンポジウムを多国間で開催することには、どのような意義がありますか。

 70年代の東西冷戦時代、旧共産圏と日本との交流はほとんどありませんでした。松前重義博士が、情報の少ない中で信頼を構築しようと、(当時の)ソ連や東欧を中心に留学生を受け入れたり、研究の成果を共有したりしてきました。モスクワに野球場を寄付し、野球チームがありますし、ウィーンにも交流のために武道館を作りました。デンマーク、北欧とも深い関係を築いています。

 シンポジウムは、モスクワ国立大学と本学で開催しているものとしては、昨年12月が3回目でした。ただ、今回は英国からも招いて参加を3カ国に増やし、今後は多国間でも開催していく予定です。

 サイバーセキュリティーについて、日本は民間の意識が低いと感じています。旧社会主義圏のロシア、中国、北朝鮮は軍が情報を占有して、研究の下支えをしています。ロシアは、優秀な数学者やインターネットのアナリティストらを育てて、研究成果を得ています。

 多国間のシンポジウムには、やはり米国を交えなければということで、今年は米国と、サイバー先進国のイスラエルを招きます。シンポジウムを通じて、サイバーセキュリティーの研究への理解を求めたいと考えています。

 

 ――米露が顔をそろえ、サイバーセキュリティーを論じることになるのですね。

 シンポジウムではブックレットを出しますが、ロシア側から、サイバーの新しい国際秩序を作り上げるべきだという提案を受けました。それを研究機関として受け止めて分析します。インターネットは、アメリカ中心のネットワークですから、ロシアや中国は言わば「蚊帳の外」にいるようなものです。ロシア側としては、ネットの世界も国連のようにすべての国々が参加して秩序を構築しなければ、世界の人々に寄与することにならないと言いたいでしょう。

 今、ロシアがそれを言い出したのは、経済発展が一部にとどまっていることが理由だと考えます。プーチン大統領が就任したのは改革をあせり、経済が大混乱したエリツィン大統領退陣の後で、石油や天然ガスが値上がりして経済が安定していた時です。しかし、その後は国営企業を切り売りして、新興財閥ができただけにとどまっています。その状況を改善しようと「東方経済フォーラム」を開催し、安倍首相も出席しますし、2016年は韓国、17年はモンゴルが来ていました。

 本学はフォーラムに併せて、山下泰裕副学長(全日本柔道連盟会長)が開催に向けた「嘉納治五郎記念ウラジオストク日露ジュニア柔道交流大会」への協力、協定校の極東連邦大学(ウラジオストク)の柔道部設立支援を行っています。また、同大学内に本学のオフィスを設置することにもなっています。

 

 ――日本のセキュリティー対策をどのようにご覧になりますか。

 民間の経営者の意識が低いことを懸念しています。民間ビジネスの分野こそサイバーセキュリティーが最も必要とされているのです。安全保障の観点から言うと、旧社会主義圏の国々は、情報をコントロールしようと、情報戦を仕掛けます。その変形が、「ロシアゲート(16年の米大統領選に、サイバー攻撃を用いてロシア政府が介入したとされる疑惑)」でしょう。米大統領選の際、民主党のヒラリー・クリントン氏陣営が、共和党のトランプ氏の周辺を調査して作成させたレポートが、採用されずに広まったと言われています。

 しかし、今言われていることとは異なる分析もあり得る。日本には、CNNやニューヨークタイムズを軸にした情報が流れてくるので、反トランプ政権に偏っています。

 また、北朝鮮とアメリカは、サイバー空間でも緊張関係にあります。従来、安全保障は陸・海・空と言っていましたが、現在はそこに宇宙、北極、そしてサイバーが加わりました。サイバー空間をいかにコントロールするかに、世界の安定がかかっているんです。

 私は昨年4月に平和研の所長を引き受けて、いろいろなテーマに取り組むうちに、サイバー空間がどのようなことになっているか、理解してきました。日本政府は遅ればせながら、内閣官房長官を本部長に、サイバーセキュリティー戦略本部を作り、民間との情報交換を進めるための法整備もしています。

 今回、約580億円もの仮想通貨の流出事件が起きて、不幸中の幸いだったのは、無法地帯のまま、儲けたい人が「場」を作って、セキュリティー対策がおろそかになっていたと広く知られたことではないでしょうか。近い将来、決済手段はおそらく仮想通貨になるでしょう。日銀や大手銀行も導入するでしょう。AI(人工知能)を使って、インターネットで通貨を動かす時代になっていくと思います。

 

 ――今後、どのような研究に取り組まれますか。

 これからは文系と理系を分けるのではなく、サイバーを「傘」にして、情報をどのようにコントロールするかを考えなければいけないと考えています。情報が富を生み、国の安全を守る時代に入っているという認識をもつべきです。

湾岸戦争取材でクウェートの燃える油井前からレポート

 しかし、日本の大学にはサイバーセキュリティーに関して、技術的な側面と安全保障やビジネスマネジメントを結びつけた研究所や学部はほとんどありません。本学の創立者松前重義博士が逓信省(現・総務省)の技官だったので、もともと「文理融合」の理念を持っています。米ハーバード大と予防医学の提言をしたり、公衆衛生分野では、国際協力機構(JICA)と一緒に途上国の研究者を交えて研究しています。モスクワ国立大学とのシンポジウムも含めて、平和研が中心になって、サイバーを軸にした研究プロジェクトを立ち上げます。

 研究プロジェクトは、(1)「ヒューマン・セキュリティー」を具現化する公衆衛生分野(2)欧州の難民に始まり、貧困、格差問題を解決するための研究(3)サイバー、情報通信の3分野になる予定です。(3)は遠隔医療、外交と安全保障、そしてビジネスマネジメントの三本柱にするつもりです。

 国際化というと、日本から外国に行く話ばかりになりますが、日本にいながら、世界と情報戦をすることも考えなければなりません。そして、これからはサイバーもビジネスです。ロシアでも、KGBのような組織が情報の世界を独占しているのはおかしいという議論が起きていると聞いています。プーチン大統領も「サイバーエコノミー」という言葉を使い、ビジネスでの活用の重要性を説いています。

 本学には情報通信学部にサイバーセキュリティーの、医学部に遠隔医療の専門家がいます。情報通信、コミュニケーション、ビッグデータなどを用いたビジネスマネジメントの研究も立ち上げたい。全学で研究を展開しようと、研究を起案しているところです。

 

 深く考え、違う意見があったら聞く

 ――授業では、学生さんにどのような話をされていますか。

 「国際ジャーナリズム」の授業は、地球儀を持って行きます。例えば中東の話をするにも、場所が分からないと始まらない。学生にはスマホを使って、グーグルマップでペルシャ湾を検索させたり、サウジアラビアと向かい合っている国を確認させたりした上で、「イランはアラブではないんだ。みんなが使う石油はペルシャ湾を通って運ばれてくる。向かい合った2国で宗教が違い、緊張感が生まれているんだよ」といった説明をします。

 話をする時、そこがどのような場所なのか、頭の中に映像が浮かぶことが大切なのです。私は昔から地図が好きでしたし、テレビ朝日で勤務していた時代は「遊軍」として、紛争地域を飛び回りました。そういった取材で現地に入るときに考えるのは、(通信手段の)衛星回線と季節、宗教、食べ物です。学生にはそんな話をしつつ、地政学を入り口にして、歴史的経緯を解説しています。

 

 ――学生さんをはじめ、若者へのメッセージをお願いします。

 社会で実務についている人たちこそ、世界がどうなっているか知る必要があります。原子力発電所の問題で言えば、原発を実際に現場で動かす人たちです。私のメディア論の授業は「メディアを疑え」「情報の発信源を追え」と教えます。

 副専攻科目の講義では、理系学生が多く受講していて、彼らは自分の専門があり、目的がはっきりしていて「情報」に興味を持っています。普段、スマートフォンを使っていますから、彼らにとってネットの世界は身近です。問題は考え方なのです。学生が遊びのために使っているスマホは、アメリカがその気になれば、やりとりしている内容を覗くことができる。サイバーの世界が今、どうなっているかを分かった人材を、社会に送り出さなければいけないと考えています。

 学生には、ものを考えないで、ネットの中の短い文章ばかり読んで、すぐに批判をするのはやめるように教えています。人は、深く考え、違う意見があったら聞く、そして本を読むことが大切です。ネットの中にあふれた情報を自ら組み合わせて考えなさい。そのための感性を磨いて生きなさい。それが「学校」で学ぶ意味ですよ。

 

広報メディア学科 平和戦略国際研究所 所長 末延 吉正 (すえのぶ よしまさ)

1954年、山口県生まれ。79年早稲田大学社会科学部卒業。13年慶應義塾大学大学院法学研究科前期博士課程修了。79年全国朝日放送(テレビ朝日)入社。報道取材部カメラマン、社会部記者政治部記者、ニュースステーション・ディレクター、ニューヨーク特派員(国際遊軍)、外務省キャップ、バンコク支局長(CNN・テレビ朝日合同支局)兼プノンペン臨時支局長、経済部長、政治部長等を歴任。04年テレビ朝日退社、ジャーナリストとして独立。05年立命館大学経済学部客員教授。09年中央大学経済学部特任教授。15年東海大学チャレンジセンター特任教授。16年東海大学文学部広報メディア学科教授兼広報部次長。17年東海大学平和戦略国際研究所所長兼広報部次長。湾岸戦争、イラク戦争、カンボジア・ボスニアPKO、北朝鮮等の戦場、紛争地域取材の経験を基にした国際ジャーナリズム論や永田町・霞ヶ関取材の経験を基にしたメディア論、政治コミュニケーション論が専門。学位論文:『政治権力としてのテレビ-小泉純一郎政権下のメディア政治の分析』 学生のメディアリテラシー教育にも力を注いでいる。