オピニオン

薬による再生医療の実現目指し 「QOLの向上に資する大学」へ貢献する 東海大学医学部血液・腫瘍内科 教授 東海大学総合医学研究所 所長
安藤 潔
東海大学医学部再生医療科学 准教授
八幡 崇

2018年2月1日掲出

 「再生医療」と聞くと、多くの人はiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った医療を思い浮かべるのではないだろうか。しかし、再生医療とは、ヒトの体で日々起きている再生現象を利用した医療であり、さまざまなアプローチが考えられる。医学部の安藤潔教授と八幡崇准教授は、薬を飲むだけで組織や臓器の再生を促進する画期的な方法の開発に取り組んでいる。研究内容や将来の目標について聞いた。【聞き手・藤野基文】

 

「元に戻す能力」を最大限に生かす医療

 ――研究の概要を教えてください。

 安藤教授 再生医療が中心的なテーマです。「再生」と聞いて、中学・高校の理科で習ったイモリの足やプラナリアの体の再生現象を思い出す人もいるのではないでしょうか。実は我々ヒトを含めた哺乳類にも、「元に戻す」という再生現象が起こっています。例えば、手や足をすりむいてもちゃんと傷が治りますが、これも再生現象の一つです。つまり、再生現象を突き詰めていくと、病気からどうやって回復していくかということに結びつくのです。

 私たちの専門は血液ですが、血液細胞も日々再生を繰り返しています。毎日、新たに何百億個も作られ、何百億個も死んでいるのです。そして、がんの治療で抗がん剤を投与したことによって白血球が減ったり、貧血だったりして血液が減少したときには、再生して元の状態に戻す能力が備わっているわけです。

 八幡准教授 その能力を最大限に生かしていこうというのが、私たちが研究している再生医療です。

 

 ――血液の病気に関して、東海大学病院は造血幹細胞移植推進拠点病院に指定されるなどとても有名ですね。

 安藤教授 健康な人から提供された骨髄を移植する「同種骨髄移植」は、東海大学病院でこれまでに累積1000例以上実施しています。これは、日本でトップ3に入る実績です。

 東海大学の医学部は1974年4月に設立されました。そして設立すぐに、当時あまり一般的でなかった「無菌病室」を備えた新しい病院を作りました。これは、血液の病気などで免疫機能の低下した人が感染症を起こさないように、部屋の空気をきれいに保った病室です。そういった経緯から、骨髄移植を含む造血幹細胞移植は東海大学病院の目玉の治療の一つになっています。そして、その骨髄移植は、まさに再生医療なのです。

 

iPS細胞とは異なるアプローチ

 ――再生医療というと、2012年に山中伸弥・京都大学教授がノーベル医学生理学賞を受賞したiPS細胞(人工多能性幹細胞)や、多能性幹細胞として長く研究されているES細胞(胚性幹細胞)のイメージがあります。それらとはかなり違ったアプローチですね。

 安藤教授 再生医療の根本は、「幹細胞」を基にした再生現象を利用したものといえます。血液細胞には、赤血球、白血球、血小板がありますが、これらは全て血液を作る幹細胞の「造血幹細胞」からできたものです。その幹細胞がどのようにして増えていくのか、成熟した細胞になっていくのかということには、幹細胞とその周りを囲む環境が大きく関わるのです。つまり「種」と「畑」のような関係があるわけです。

 iPS細胞やES細胞を用いた医療というのは、外から幹細胞を入れる方法です。一方で我々が目指しているのは、畑に肥料をたくさんやることによって再生を促すなど、元々体の中にある環境と種の関係を薬でコントロールしようという方法なのです。

 

 ――iPS細胞やES細胞を使った再生医療と比べて、どのようなメリットがあるのでしょうか。

 安藤教授 iPS細胞やES細胞は、血液や肝臓や神経などいろいろなものになれる能力を持っています。一方で、その能力を厳密にコントロールするのは難しく、極端な場合にはがんになってしまうというようなリスクもあるわけです。それが今、iPS細胞やES細胞を使った再生医療がぶつかっている壁です。

 先ほどお話しした畑のことを専門用語で「ニッチ」と呼ぶのですが、我々は人の体に元々備わっている幹細胞の能力を、ニッチの環境を調整することで引き出すことを目指しているのです。ですから、iPS細胞やES細胞のように、人が手を加えて目的の細胞や組織に分化させ、さらにそれを目的の場所に入れるという方法に比べ、自然に近い形の治療といえるかもしれません。

 

治験が進む慢性骨髄性白血病の薬

 ――現在進めている研究の中で、患者に最も早く届きそうなものは何でしょうか。

 安藤教授 白血球の数が異常に増えてしまう血液のがん「慢性骨髄性白血病」の薬です。再生医療と白血病の治療がどのように結びつくのかと疑問に思われる方もおられるかもしれません。実は再生もがんも幹細胞が関わるという点で共通点があるのです。そのような理由で私は医学部で「再生医学センター」と「がん幹細胞研究センター」のセンター長を兼任して効率よく研究を進めています。

 さて、慢性骨髄性白血病は今では薬で治すことができます。でも、治った患者さんがその薬を飲み続けなくていいかというと、薬をやめた患者さんの約半数が再発してしまうのです。その原因は、白血病の基になる白血病幹細胞が体の中に残っているためだということが分かってきています。

 つまり、白血病幹細胞がニッチである骨髄に守られているために、薬から逃れて生き残ってしまっているわけです。私たちが開発したのは再生現象を促進する薬なので、それを患者さんに投与すると、白血病幹細胞がニッチから離れて分裂を始めます。ですから、従来の薬と私たちが開発した薬を同時に投与することで、従来の薬が白血病幹細胞を攻撃することができるようになるのです。

 

 ――現在、どのような段階にあるのですか。

 安藤教授 薬が厚生労働省から承認を受けるためには、臨床試験を行わなくてはなりません。臨床試験は、健康な人に投与して安全性を確かめる第1相、少人数の患者さんに投与して効果があるかどうかを調べる第2相、多数の患者さんに投与して効果や安全性などを確かめる第3相があります。第1相が終わり、今は第2相を始めたところです。

 

学内の他組織との連携による創薬

 ――薬剤の開発はどのように進めるのですか。

 八幡准教授 今回の薬でいうと、まず私たちが、ニッチに存在するPAI−1(パイワン)という物質に着目しました。そして、PAI−1が活性化していると幹細胞がニッチに繋ぎとめられること、その働きを阻害すると幹細胞がニッチから離れて動き出すことを見つけました。

 安藤教授 本学の先進生命科学研究所には平山令明(のりあき)教授というコンピューターによる創薬のパイオニアがいますので、PAI−1の働きを抑えるにはどういう薬をデザインすればいいかを相談します。平山教授から「こういう分子がいいのではないか」という意見をもらって、開発を進めるわけです。

 

 ――コンピューターによる創薬とは、具体的にはどうやるのですか。

 安藤教授 まず、コンピューターによる創薬がなぜ可能になったのかを説明した方がいいですね。それは、2002年にヒトゲノム計画が終了して、ヒトの遺伝子が全て読み取られたからなのです。このことで、遺伝子が作るたんぱく質の三次構造がコンピューターを使ってかなり正確に予想できるようになりました。PAI−1のような物質もたんぱく質ですから、その働きを阻害するためにはどのような構造の物質がいいかが予想できます。そしてその物質を作り、試験管の中で実際に想定した効果があるのかを確かめるわけです。

 

「がんとの共存」を目指して

 ――自分たちの研究を将来どのようなことにつなげていきたいと考えていますか。

 安藤教授 がんは今、日本人にとって大きな問題です。日本人の3人に1人はがんで死亡しているわけです。ですから、薬を飲んでいれば、がんになってもつらい思いをしなくていいという「がんとの共存」を実現させたいですね。実際に10年もすれば、がんは薬でコントロールできる時代になるでしょう。そういった流れが、白血病の研究から、がん全体に広がっていけばいいと思います。

 がんの領域では、いつも最初に白血病から新しいことが分かってきます。がんに幹細胞があるということも、1997年に白血病幹細胞の存在が明らかにされたことが始まりでした。そして、乳がんや脳腫瘍や大腸がんでも同じではないかと考えられ、2000年の初めごろから次々に研究成果が出始めました。乳がんの幹細胞も脳腫瘍の幹細胞も大腸がんの幹細胞も見つかり、今では全てのがんで当てはまると言われています。

 八幡准教授 私は医師ではありませんので、自分自身が患者に接したり治療したりすることはできません。その中で、基礎生物学者が、医学部で何らかの生命現象に関わる研究をし、その成果が患者さんに還元されたらうれしいですね。

 

他大学の生物科学科から医学研究科の研究者に

 ――八幡准教授は医学部出身ではないのですね。

 八幡准教授 北里大学の衛生学部生物科学科を卒業しました。小さな頃から生物という科目が大好きだったのです。ある場所で起きたことが循環して全体に影響するという生態系の概念などを習うと、とてもわくわくするような少年でした。

 大学に入学し、私たちの体に病原菌が入ってくると、それを非自己と認識し排除するという体を防御するシステムが整然と動き出すという免疫の概念を知ったときに、「なんて美しいのだろう」と思ったのです。免疫の研究をやりたいと思い、学部の卒業研究をその分野で有名な東海大学でやらせてもらいました。学部卒業と同時のちょうどいいタイミングで、東海大学の医学研究科に修士課程ができ、私はその1期生として大学院に進学したのです。

 

 ――免疫の研究から再生医療の研究にはどのようにつながっていったのですか。

 八幡准教授 研究を続けていくうちに、幹細胞という概念に触れる機会がありました。例えば造血幹細胞は1個の細胞が2個の細胞に分裂するとき、片方の細胞から血液細胞を作ると同時に、もう片方の細胞は分裂する前の細胞と同じ性質の細胞、つまり造血幹細胞であり続けます。そうでなくては幹細胞がなくなってしまいますから。

 それを証明したマウスの研究があります。造血幹細胞の候補である細胞1個を造血障害のマウスに移植してみたら、生涯にわたって血液を保ったというのです。その発表を聞いたときに、「ああ、これはすごい」と感動しました。それで、幹細胞を研究したいと思ったのですね。ちょうど安藤教授が幹細胞の研究を始めるときで、それ以来、一緒に研究をさせてもらっています。

 

充実している若い研究者をサポートする環境

 ――他学部出身ということでのやりにくさはありませんか。

 八幡准教授 やりにくさを感じたことはありませんね。今も、他学部から来た学生が大学院生にたくさんいて、学位取得からその先のキャリアアップを目指しています。むしろ、そういった学生の方が、積極的に研究活動を進めているのではないかと思います。また、私のような基礎の研究者が医学部にいることで、実験や研究の進め方など実務的な部分で若い基礎の研究者や臨床の研究者をサポートすることができると思っています。

 安藤教授 医学部という場所は医師でない人から見ると、すごく閉鎖的で特殊な場所で、どうアプローチしたらいいのか分からないと思います。ところが東海大学は医学研究科に修士コースを作っていて、どこの学部を卒業していても医学・医療に関係したことを勉強したい人は、垣根なく大学院から入ってこられる環境があります。

 私は慶應大学卒業ですが、30年前に東海大学に来てまず驚いたのは、若い人の研究をサポートしようという姿勢が強いことでした。他の大学にある教室のセクショナリズムが、東海大学には全くありません。若い学生や研究者が「こういうことをやりたい」といったら、「この若者のやりたいということをやらせてやろうじゃないか」とみんなで支える空気があるのです。だから、研究に興味があって、やりたいことがあるのならば、思う存分自分の力を試せる場所だと言えます。

 

「QOLの向上」に再生医療ができること

 ――昨年、東海大学は75周年を迎えました。山田清志学長はこれからの東海大学のあり方として「QOL(生活の質)の向上に資する人材を育成」「生活の向上に資する大学」を掲げています。その中で、再生医療が果たす役割は何でしょうか。

 安藤教授 我々が白血病の次に目指している再生医療は、なるべく患者への負担を少なくして薬で体の機能不全を治すというものです。外科治療は痛みがあったり、術後のいろいろな不便があったりします。患者さんのQOLを考えると、薬だけで内科的に治療する方がQOLを保てるわけです。つまり、私たちが目指している医療それ自体が、QOLを保ったり上げたりするのにも役立ちますし、手術をして後遺症が残ることがある治療とは違うQOLを保った治療法なのです。

 八幡准教授 東海大学は総合大学で、学内の他学部や研究所との連携が可能です。コンピューターによる創薬も私たちの研究室と先進生命科学研究所の連携です。また、例えば健康マネジメントを考えるときに、人文系の学部と協力することもできます。そういった連携の中で、再生医療研究の経験が生かせると思っています。

 

東海大学医学部血液・腫瘍内科 教授 東海大学総合医学研究所 所長 安藤 潔 (あんどう きよし)

慶應義塾大学医学部卒業。慶応義塾大学病院内科研修、東京医療センター勤務の後、1988年より東海大学医学部微生物学教室助手、ハーバード大学ダナ・ファーバー癌研究所研究員、東海大学医学部血液・リウマチ内科学講師、助教授を経て、2005年より現職。造血幹細胞研究、造血幹細胞移植、造血腫瘍診療、新薬治験に従事。日本内科学会専門医・指導医、日本血液学会専門医・指導医、がん薬物療法専門医・指導医、日本造血細胞移植学会認定医。

東海大学医学部再生医療科学 准教授 八幡 崇 (やはた たかし)

北里大学衛生学部(現理学部)卒業。1997年東海大学大学院医学研究科修士課程医科学専攻修了。2001年東海大学大学院医学研究科博士課程環境生態系専攻修了。DNAX研究所研究員、東海大学医学部奨励研究員、特任助教、講師を経て、2012年より現職。造血幹細胞研究、白血病幹細胞研究、新薬開発に従事。