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超薄ナノシートの新たな活用法を開発 生体組織を鮮明に画像化する「イメージング技術」に貢献 東海大学工学部応用化学科 東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター 准教授
岡村 陽介

2017年10月2日掲出

 厚さが紙の1000分の1しかなく、貼ったらほとんど目に見えないほどの超薄膜(ナノシート)。接着性があり、外科手術の縫合の代わりや、人体への負担が少ない薬剤の塗布に実用化されつつある最先端の技術だ。東海大学マイクロ・ナノ研究開発センターの岡村陽介准教授は、ナノシートの新たな活用法として、共焦点顕微鏡などを使って、脳の神経細胞や内臓のタンパク質の画像を解析する際、観察対象の組織片をナノシートでラッピングする手法を開発した。岡村准教授に研究について聞いた。【聞き手・岡礼子】

 

 ――ナノシートとはどのようなものですか。

 極めて薄い膜のことで、厚みは20ナノメートルほどです。1ナノメートルは10億分の1メートル、普通紙は約10マイクロメートル(1マイクロメートルは1000ナノメートル)です。あまりにも薄く、接着性が高いので、ピンセットでつまむと、くしゃくしゃと縮れてしまいます。

 単体では扱いが難しいので、ティーパックなどに使われている不織布の上に貼り付けて乾燥する方法を工夫しました。こうすると長期間保存できます。使う時は、水を少しつけて、ナノシートの側を接着したい面に当て、不織布をはがします。「タトゥーシール」をはるようなイメージです。貼ってしまうとほとんど目に見えません。

 普通紙を机や皮膚に貼り付けるには接着剤が必要ですが、厚みが100ナノメートルを下回ると、乗せただけでピタリと貼り付きます。薄くて柔らかいので、皮膚の表面の細かい凹凸に沿う形で接着するのです。私たちは時々、ナノシートのサンプルを自分の腕などに貼ってみることがありますが、異物感はありません。そのまま忘れて帰宅した後、風呂に入って「あ、そう言えば」と気づくこともあります。

 

脳を立体的に観察する「イメージング」技術

 ――顕微鏡で観察するサンプルをナノシートでラッピングするという着想はどのように得たのでしょうか。

 東海大学に着任する前、ドイツに3年間留学していました。その時、指導を受けた教授が、顕微鏡を使った研究の大家で、脳や血液由来の細胞を画像化して分析するノウハウを学びました。

 顕微鏡は長い歴史があり、近年は、三次元情報を画像化できる共焦点顕微鏡など、進化が著しい機器です。厚みがある脳の組織片から、神経細胞の構造を観察することも可能になりました。こういった「イメージング技術」によって、これまでは見えなかったものが可視化され、生体の組織をリアルタイムで観察できるようになってきました。

 しかし、大幅に技術が進んだ顕微鏡というハードに対して、ソフトにあたる観察サンプルの作り方は、昔ながらの手法でほとんど変わっていません。ガラス基板の上に組織片を置き、乾燥を防ぐために水を少し垂らして、ガラス基板をかぶせたり、寒天由来のゲルで包んだりする簡便な方法です。

 

 ――理科の授業で顕微鏡を使う時のような方法ですね。

 基本はほとんど変わりません。水が多すぎると、組織や細胞が動いて、ぶれてしまいますし、少なすぎると乾燥します。組織がつぶれてしまうこともあります。例えば、脳神経の研究者は、神経細胞がどのようにつながっているか、三次元的な構造を知りたいのです。組織片がつぶれてしまうと、神経の構造を観察することはできません。

 サンプルの作り方はこれまで、研究者の経験に頼っていたので、誰でも同じ状態で観察することができませんでした。これは、ナノシートで解決できるのではないかと考えました。ガラス基板の上にサンプルを乗せるところまでは同じですが、そのままナノシートで覆ってしまえば、サンプルが動いたりつぶれたりすることは防げます。シートに保水効果を持たせることができれば、乾燥もしない。これまでに作ったナノシートは、水が透過する素材だったので、水が抜けない素材を探しました。

 

光を吸収せず、屈折率は水と同じ

 ――水が抜けない素材とは。

 撥水(はっすい)性です。水をはじく素材なら、水を通さないわけですから、内側に包んだものは乾燥しないだろうと考えました。台所用品のラップ製品は、においも水分も通さず、乾燥を防ぎますよね。それをナノスケールにするようなイメージです。例えば、「焦げ付きにくいフライパン」のコーティング材として知られるテフロンという素材は、水も油もはじきます。テフロンのような素材でシートを作ってサンプルを包めば、内側の水分は抜けません。

 今回使ったのは「サイトップ」(旭硝子社の製品名)という撥水性の溶液です。テフロンは、撥水性があるだけでなく、どんな溶剤にも溶けない「耐溶剤性」という性質を持っています。良い性質なのですが、私たちはナノシートを作る際、液状にしてから薄く広げる方法を確立していたので、何らかの溶剤に溶ける素材が必要でした。

 そこで探し出したのがサイトップで、非常におもしろい素材でした。テフロンと同じような撥水性があり、ある溶媒に溶ける性質を持っていたのです。これならナノシートを作れるはずだと思って、試したところ、うまくいきました。

 

 ――予想通りだったのですね。

 実は、予想以上でした。サイトップは可視光、顕微鏡で使う光を吸収しない素材です。ですから本当に透明なのです。しかも、実験を始めてから分かったのですが、光を通す時の屈折率が水とほぼ同じでした。

 顕微鏡で観察するサンプルは、水に浸したような状態のこともあります。ナノシートの屈折率が水と違うと、包んだサンプルは二重にゆがんで見えることになります。撥水性だけなら、いろいろと素材はあるのですが、溶媒に溶けて、可視光を吸収せず、さらに屈折率が水と同じという性質を持っている素材は、なかなかありません。

 

 ――顕微鏡用のサンプルは、どのような方法で作るのですか。

 簡単です。水の上にナノシートを浮かせ、その上に組織片を乗せてガラス基板をかぶせるだけです。ピタリと接着するので、上下を返せばできあがりです。誰でも標準的なサンプルを作ることができて、同レベルの画像を得られるようになります。

 顕微鏡による画像解析では、理化学研究所の宮脇敦史博士らが数年前、脳や臓器の色を抜いて、透明にする試薬を開発しました。神経細胞にダメージを与えず、色だけを抜く薬剤です。本来の脳の組織片は白っぽい色をしていますが、透明になると、光が通るので、厚みがある組織片でも顕微鏡で観察できるのです。

 ただ、この試薬には、水に浸すと元の色に戻ってしまうという欠点がありました。寒天由来のゲルは水分が多く使えません。サイトップのナノシートは水をはじきますから、この試薬の欠点も補うことができます。長時間の観察が必要な時も、サンプルの状態を一定に保つので、ナノシートによるラッピングは、役に立つと考えます。

 

化粧品など、身近なものへの活用も

 ――ほかにはどのような活用法が考えられますか。

 今回開発したシートは、水をはじくので、逆に考えると保水効果があります。化粧品のような使い方が可能かもしれません。香りにも注目していて、シートに吸着させて、香水の代わりにするような使い方もできるのではないかと考えています。皮膚に貼っても違和感はなく、見ても分かりませんが、せっけんなどでこすり洗いをすれば落ちるので、肌への負担も少ないのではないでしょうか。

 また、車のガラスに貼る撥水シートなどに利用すれば、液体を吹き付ける製品より効果が持続すると思います。ガスを吸着させることも可能なので、環境問題に役立つことも考えたいですね。

 私はもともと医療に応用できるプラスチックを専門に研究してきたので、ナノシートも当初は、医療分野での使い方を提案しました。けがをした時や、外科手術で内臓の一部を切除した時などに、縫う代わりにナノシートを貼るといった使い方です。出血を止める材料でシートをつくったり、シートをミルフィーユ状に重ねた「層状超薄膜」に薬剤をはさんだりする使い方も考えています。

 マイクロ・ナノ研究開発センターでは、ナノシートの大量生産も可能になっています。幅は10センチ程度ですが、長さは100メートル単位で作ることができます。

 

新発想は、自由闊達な議論から生まれる

 ――研究者を志したきっかけを教えてください。

 大学に入った時は、研究の道に進むとは思ってもいませんでした。周りの学生と同じように、修士課程を修了して、就職しようかと漠然と、考えていました。研究がおもしろくなったのは、修士課程に進んでからです。医療用のナノ粒子が研究テーマでした。人の体内の特定の場所に薬を投与するために、血管の中を通って薬を運ぶ粒子です。

 別の大学の医学部の先生との共同研究でしたが、まったく予想もしていなかった結果が出たり、意見の異なる人たちと、議論を重ねたりすることがおもしろくて、朝から晩まで研究に没頭しました。もう少し研究を続けてみようと、博士課程に進学して、さらに夢中になり、今に至っています。

 

 ――研究生活で充実感を感じるのは、どのような時ですか。

 研究は、予想通りにいくことはほとんどなく、紆余(うよ)曲折した末に、ようやくゴールにたどりつきます。後から振り返れば、なぜ「最短距離」の道が分からなかったのだろうかと思いますが、一定の目標に達した時の達成感はたまらないですね。

 意外な結果から、新しい発想が生まれることもあります。マイクロ・ナノ研究開発センターは、いろいろな学部の教員、学生がいますし、私の研究室も常にオープンにしています。学生たちには、1週間に1回、センターの一画で研究の進捗(しんちょく)状況を発表させますが、他の研究科の先生たちも聞いて、意見を言います。私も、他の研究室の学生のスライドを見ておもしろいと思えば、質問したり意見を言ったりします。

 新しいアイデアは、ディスカッションから生まれると思います。自分の中だけでとどめてしまっては、発想は広がりません。ここは、そういった自由闊達(かったつ)な議論ができる場です。今、非常に楽しいですね。

 

没頭できれば、人生がおもしろくなる

 ――若い人へメッセージをお願いします。

 何でも良いので、没頭できることがあると、人生がおもしろくなると思います。趣味でもいい。自信も持てます。

 私の夢は、誰もが使うものを作って、世の中に出すことです。難しい製法で、ごく微量しか作れない特効薬のような素材もいいですが、私は、簡単で誰にでも作れるものを開発したい。「簡単だとまねされるよ」と忠告されたこともありますが、まねされてもいいのです。誰でも同じように作れてこそ、世の中に広がるからです。

 最初から、一番簡単な方法を探さなければいけないというわけではありませんが、最終的には簡単にしたい。ナノシートも、誰もが当たり前に使うものになるように、少しでも貢献したいと考えています。

 

東海大学工学部応用化学科 東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター 准教授 岡村 陽介 (おかむら ようすけ)

早稲田大学理工学部応用化学科卒業。早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻修士課程、博士課程修了。09年ボン大学生命医科学研究所フンボルト財団研究員、日本学術振興会海外特別研究員、12年東海大学創造科学技術研究機構講師、15年東海大学工学部応用化学科 准教授、現在に至る。専門は高分子化学、生体材料学、ナノ材料工学。2014年科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞、その他、計9件の受賞。