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健康長寿社会の実現に向けて 新設の健康学部で未来を創造できる人材を育成 東海大学 教養学部人間環境学科社会環境課程 教授 一貫教育センター 所長
堀 真奈美

2017年8月1日掲出

 世界で最も急激な少子高齢化が進む日本。団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になる2025年には医療と介護の供給体制が財政的に立ちいかなくなると予想されている。そうした中、2018年4月に健康学部が誕生する。今、注目されているのが「健康長寿社会」というキーワードだ。厚生労働省の「保健医療2035」を提言した策定懇談会メンバーで、学部創設にかかわっている教養学部人間環境学科の堀真奈美教授に、健康の意味と新学部の意義について聞いた。【聞き手・兵頭和行】

 

 ――まず健康とは。

 一般的には体が元気であるとか病気でない状態ととらえられがちですが、体とこころはつながっています。一方で、人間らしい暮らし、社会的な環境もそれぞれとつながっています。このつながっている状態を意識して学ぶことが重要であると思います。しかし、多くの大学や学部は縦割りに専門特化していますので、身体的健康に取り組もうと思えば、身体だけにどうしても焦点が集まるでしょう。近代医学の進歩は著しいですが、専門特化することで発展してきました。最近は、縦軸ではなく横軸で総合的に見る重要性が認識されつつありますが、それでも医学的なアプローチだけですべての健康問題が解決できるかというと限界もあると思います。治らない病気もありますし、例えば老化というものは病なのかというと病ではなく、自然現象ですから。治すことよりも予防するという意味では健康学部が貢献できることは多いと思います。

 子供の貧困と健康に相関があるといわれていますが、貧困世帯は朝食の欠食率が非常に高く、それが学力にも影響しているとも言われており、間接的につながっています。つながっているものをつながった状態で学ばせたい。当然、身体的な部分だけ、メンタルだけ、社会的健康だけに専門特化するというアプローチもあるのですが、それでは本当の意味での健康を学ぶことにはならないのではないか。つなげるためにはマネジメント力が必要です。ここでいう健康マネジメントとは二つの意味があり、個人レベルで健康をマネジメントすることと、組織、地域や社会やマクロレベルの健康をマネジメントすることの両方を指しています。

 

 ――そのようにつながった健康を学べる場は今までなかった。

 今の日本には見当たらないのではないかと思います。栄養面から健康にアプローチする、スポーツ面からというように一学問領域かアプローチか、または看護師を養成する、理学療法士を養成するといった資格取得をメインとしたものが多く、総合的なアプローチから健康を学べるような教育体制にはなっていません。

 

 ――新設の健康学部では。

 専門分野をベースに周辺領域で必要なマルチスキルをもつ人をT字型人材と呼びますが、ここで学んだ学生は、身体、心理、経済、社会的な側面も含めて健康に関する知識を総合的に習得すると同時に、自分のキャリアに合わせ必要な専門を究めてほしいです。個人の健康をマネジメントできるだけでなく、地域・社会・企業と連携して、地域や組織、国までも健康にし、「健康長寿社会」の実現をサポートできる人材になってほしい。これは、高齢者自身が健康で長くいきつづけることを支援するだけでなく、これからの未来を担う若者にとっても必要なことです。

 

 ――「健康長寿社会」の実現に必要なことは。

 日本の平均寿命は世界1位の水準で、男性80歳、女性86.3歳なのですが、健康寿命は男性70.42歳、女性73.62歳と、結構な差があります。ただ長く生きるだけならば医学でなんとかできると思うのですが、QOLもふまえて健康で幸せに誰もが過ごせるようにするには、より多様な学問の知見を活用する必要があると思います。ここがキーワードかなと思っています。健康学部では平均寿命と健康寿命の差をなるべく縮めたい。女性は長生きで健康寿命も長いのですが、割合でみると男性の方が比較的健康な時間が長いのです。女性の方が虚弱な状態で長生きしていることを意味しますが、これにはおそらく筋肉とか、骨そしょう症とかと関係があるのかもしれません。また、認知症になるのは一人暮らしとか、コミュニケーション機会が少ない人がなりやすいといわれています。仕事ばかりで地域に人間関係を作ってこなかった人は家に引きこもってしまい、それが認知症を進める要因になるかもしれません。認知症になって救急車で運ばれたら?自分の治療についての意思決定もできないまま入院してしまうことにもなりかねません。無理な延命はしたくないと思っていても本人の意思とは関係ないまま終末期を迎えるかもしれません。医学部だと死は忌避すべきことかもしれませんが、どうすれば生まれてから亡くなるまで幸せに生きられるか、本人の自己決定や生き方、QOLも含めて考えるのが健康。そういうことを考えるには社会科学的な要素も必要でしょう。

 

 ――カリキュラムは。

 ベースは社会科学系になっています。社会問題の仕組みであるとか、社会保障も含む福祉系の科目をベースに学びつつ、身体的な健康増進に不可欠な運動と栄養の専門知識を学ぶことで、自分らしい学び方ができるのではないかと思っています。さらに、すべての領域で応用可能なコミュニケーション・相談援助やデータ解析などのスキルも学べます。言うのは簡単なのですが、カリキュラムを組むのは実はかなり厳しくて、おそらく他の大学がそれぞれ一つ一つで学部学科になっているのは、カリキュラムがパンパンになってしまうからなのです。ですからメンタルヘルスだけとか、食だけとか、それだけ専門特化しても相当内容があるものを全部やるというのはかなり挑戦だと思います。しかし、逆にいうと、それができていないから、総合的な健康の能力とか知識のある学生が世の中にいないのではと思っています。なので、東海大学の健康学部を出た学生は、健康、医療、福祉も含めて総合的な知識を持っていて、他の大学を出た学生とはちょっと違う、ヘルスリテラシーがあるだけでなく、マネジメント力がある、というふうな大人になってほしいと思います。教員だけでなく学生にもチャレンジ精神が求められます。

 健康学部で学ぶ「栄養」は、いわゆる何を食べればいいとか悪いとかを学ぶだけではありません。健康番組を見ますと、バナナがいいといえば次の日はバナナがスーパーからなくなります。でも人によって代謝が違い、遺伝子も違い、生活習慣も違うので、同じものを食べたとしても効果は違います。食べたものが体を通してどうなっていくのかという生化学的なところからしっかりしなければならない。何を食べるかというインプットだけではなく、それがアウトプットとしてどうなっているのか、測定評価をしっかり行います。栄養士養成ではなく、健康に必要な栄養を細胞レベルから考えるというのも特徴です。多くの方々が興味のあるアンチエイジングや美と健康についても学べます。東海大では「美容」という名のついた科目ができるのは初めてではないでしょうか。誤ったダイエットをしている人たちも多いと思います。友達との人間関係とかが契機に、摂食障害になったりする危険もありますし、運動もただすればよいわけではない。むちゃをするとかえって疲労してしまうので、そういう個人的な部分も理解しつつ、社会的なマネジメントもできる学生を養成したいと思います。

 それから、ソリューション科目群というものがあります。ヘルスリサーチなどデータ解析を学ぶ科目と相談援助やコミュニケーションを学ぶ科目があります。たとえば、健康に関係する多様な情報、データを自ら理解できるように、ウエアラブル端末を希望する学生にはつけてもらおうと思います。今日の体調はこうだから、そういう時にどうやって自分をマネジメントすればいいかとか、自分のデータを理解して生かせるようにする。一方で、データだけでは明らかにならないこともあるので、コミュニケーションスキルが必要になります。「未来の仕事はAI(人工知能)に奪われるのでは」とよくいわれますが、奪われない仕事の一つにソーシャルワーカーと呼ばれる相談援助の専門職があります。日本では、社会福祉士とか精神保健福祉士が挙げられます。精神疾患を持った方たちに対する相談援助、コミュニケーションはたしかにAIで対応できないでしょう。コミュニケーションが非常に困難な方ともきちんとコミュニケーションができるような知識、コミュニケーション能力を学べます。こうしたスキルは、ソーシャルワーカーの専門職の道に進んでもいいですし、一般の企業や地域、自分自身の生活でも生かすことができるでしょう。

 栄養系と運動系、メンタル系とソーシャルウェルネス。1年次には全領域を学ぶようになっていて、2年次以降からより専門的なものを選ぶ形になっています。

 

 ――2年時以降の専門はどのようなものが。

 基本的には、資格取得を希望する場合は、資格で求められる科目もありますが、将来のキャリア設計をどのように考えるかで履修モデルは無限大にあると思います。資格取得ありきではなく、キャリアを考えて履修できるよう履修相談をしっかりしないといけないと考えています。また、高学年になると専門のゼミに入り、専門を究めていくことになると思います。栄養系をさらに極めたい学生は自然科学的なアプローチが中心となりますので実験室で実験を繰り返すことになるでしょうし、運動系をさらに深く学びたい学生では、座学だけでなく実際に体を動かして測定評価を行うでしょう。学内だけでなく、地域や海外に出てボランティアやインターンに参加することもあるでしょうし、ゼミによっては、食育活動を高校や中学で実践することもあるでしょう。これらはほんの一例であり、様々な可能性があります。

 ただ、社会に出て一番重要なのは資格を持っているか否かではなく、マネジメント能力だと思っています。たとえば栄養士の養成校だと養成に手いっぱいで、専門の知識はあるけれども、それを社会に還元するときにどうするかというところが不足していることがあります。たとえば福祉系の資格でも、福祉のマインドだけでは組織は動かないので、そういう意味でもマネジメント力が必要だと思うので、そこを重視しています。

 

 ――マネジメント力を鍛えるというと具体的には。

 インターンシップとフィールドワークを重視しています。実際に企業や行政機関に行って、活動してもらいます。フィールドワークの場合は授業としてこちらで組んだものを体験する。ですから大学の中だけで、机の上だけで全部できるとは思っていません。実際に現場にいって体験することが学生の成長に繋がるのではないかと思います。

 

 ――健康学部創設にかかわるようになったのは。

 国や自治体の審議会委員などをこれまでに複数やってきているのですが、マクロレベルの制度設計で議論されていることが、実際現場に行くとなかなか設計どおりにはできていないと一種の矛盾のようなものを感じたことがありました。何でもそうでしょうが、「言うは易し」で、実際には様々な理由からできないことが多々あります。健康社会を作るためにあれが必要です、これが必要です、人材づくりも必要です、でもどこも手を挙げてくれなかったり。そう考えたときに、健康学部でやろうとしていることは、これまで私が政策提言として挙げていたことにも関係することでした。私はこれまで現場で実行する立場となってきたことがほとんどなかったので、ここができなければ私は研究者として絵に描いた餅をずっと言ってきたことになる。これだけ資源がある東海大学で本当にできなければできるわけない、というくらいの問題意識があります。

 

 ――保健医療2035提言書のことですね。

 2035年になっても日本が健康先進国でありつづけてほしい。日本の社会保障制度は1961年の国民皆年金、皆保険が前提でできていて、あの時代は平均寿命60代で、高度経済成長期で、人口構成をみても若い人が圧倒的に多いピラミッドに近い形でしたよね。今は片働きより共働きが多い時代ですし、4割以上が非正規社員になっているので、61年にできた社会保障制度ではどう考えても限界があります。パッチワークするにも限界がありますが、そうはいってもできたものは変えられないところもあります。この提言書は、今の延長線で必要なことを述べるだけではなく、20年後の未来像を描き、中長期的な視点からどうすればいいのかというところからつくっているので、発想が全然違います。メンバーも若手中堅が中心となって構成されています。

 

 ――新学部で取り組みたいテーマは。

 ウェラブル端末などICTを活用して健康データを蓄積し、様々な解析を行いたいです。これは、教育プログラムと関係させることで、個人の健康リテラシーを高めることになるでしょう。個人が健康リテラシーを高めれば、自分のためだけでなく、組織や地域でも使えるでしょうし、企業の分野では健康経営が今すごくいわれているので、健康経営というところでも求められるでしょう。リテラシーを高めることは、科学的な根拠があることを前提としていますので、世間でいわれる健康情報が正しいかどうかを疑うということも含まれます。ひょっとしたらマスメディアの方に必要な力と同じかもしれませんね。一方で、ICTの真逆かもしれませんが、様々な価値観や利害関係の人間間のコミュニケーションを高めるための場を設定したいです。地域にいけば地域包括ケアで使えると思います。

 

 ――育成したい人材とは。

 この学部を卒業した学生を追跡したら、健康で幸福度も高い、そういう学生たちを育てたいです。ですので先にも述べましたが生涯を通じて自分たちのデータをちゃんと測定できたらいいなと思っています。また、人材育成のためには、キャンパスの環境や学食、教職員の働き方、学生の学び方も含めて健康につながるようにしていければと思います。

 

 ――最後に新学部を目指す高校生にメッセージをお願いします。

 未来を創造しようという人、チャレンジ精神のある高校生に学びにきてほしいです。今だけでなく未来まで視野にいれて、地域や組織や家族など、自分と自分の身近な人たちを幸せにしたいという人に。学力も重要ですけれど、意欲ですよね。何かをしたいという意欲のある学生たちが集まれば、学ぶモチベーションが高いはずです。いろいろやりたいこともできるのではないかと思っています。未来を変えていくという受動的ではなくて主体的に動ける学生に来てほしいと思いますし、そういう学生が本当に幸せになるように、こちらも教育研究体制を整えたいと思っています。

 

東海大学 教養学部人間環境学科社会環境課程 教授 一貫教育センター 所長 堀 真奈美 (ほり まなみ)

慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程、博士課程修了。 2002年より東海大学教養学部人間環境学科専任講師。2006年助教授。 2007年准教授。2012年教授。社会保障審議会医療保険部会委員、保健医療2035推進参与などを歴任。専門は、公共政策、社会保障論、医療経済。