オピニオン

人が健康で幸せに長生きするために、分野を横断して知恵の結集をめざす 東海大学 先進生命科学研究所 所長
平山 令明

2017年3月1日掲出

 健康で幸せに長生きしたいというのは誰しもが望むことだろう。一人一人の生がよりよくあるためには、医療、食、住環境、人間関係、教育などさまざまな角度からのアプローチが求められている。先進生命科学研究所の平山令明所長に専門の枠を乗り越えた横断的研究の現状について聞いた。【小松やしほ】

 

 

 ――先生が所長をなさっている先進生命科学研究所について教えてください。

 先進生命科学研究所は本年度に新設されました。東海大では、総合大学として18の学部が全国に展開しておりますが、生命系としては理学部、工学部、海洋学部、医学部、農学部、生物学部の6学部があり、そこで研究をしている先生方も大勢います。ですが、一堂に会する機会もなく、互いに顔見知りになるということも少ない。同じ大学の中でも知らない人が知らない研究をやっているということが全然不思議ではないのが現実です。

 しかし、それぞれが分散して縦割りの状況の中で研究をやっているのは効率的ではありません。研究するにはお金がかかります。みんなが自分の成果を持ち寄って協力していかないと、大きな研究はできません。例えばA先生がaという装置を持っていて、B先生がbの装置を持っているとします。お互い、予算が少ないので一つの装置しか買えませんが、みんなが協力して一緒に活用すればabcd全部の装置を使っての研究が可能になるわけです。

 一人一人の時間や能力には限りがありますが、三人寄れば文殊の知恵と言われるように、先進生命科学研究所は単に研究をする場所というだけではなく、みんなが集まってきて情報交換をしたり、お互いにリソース(資源)をシェアしたりできる場所であり、組織となることを目指しています。

 

 ――どのような研究をされているのですか。

 研究分野としては、医薬総合研究、高機能性食品研究、香粧品研究、糖鎖科学研究の4部門があります。

 医薬総合研究部門では文字通り、医薬品そして病気の診断法の開発をしています。日本だけでなく世界的に高齢化が進む中、高齢者用の医薬品の必要性は今後ますます高くなることが予想されます。健康寿命を延ばす上でも新しい医薬品の研究開発は必須です。現在この部門では、高齢者で問題になる感染症、がん、椎間板変性そして眼疾患の治療を目指した医薬品の開発そして早期発見の難しい膵臓がんの早期診断法の開発等の研究を展開しています。いずれも医薬専業企業とは異なるアプローチでこれらの難しい研究課題に挑戦しています。

 高機能性食品研究部門では、食べ物について科学的研究を行っています。ある種の食品が体に良いという評判が立つと、その食品がスーパーマーケットの店頭から消えるということが最近ではよく起こります。ところが、それらの食品の効果に関する科学的な根拠が明らかでないことも多くあります。この研究部門では、そのような食品が実際にはどのように体に良いのかを科学的に確認する研究を開始しています。農学部や海洋学部では農畜産および水産資源の研究をこれまでもして来ましたが、人口増加に伴う食糧不足や高齢化という人類が直面している大きな問題を解決する上で、これら資源の有効活用は極めて重要です。未利用資源の活用も含め、資源の維持、育成そして活用拡大の道を研究するのもこの研究部門の重要な使命です。

 香粧品は私達の生命に直接的な関与をする物ではありませんが、私達の生活を清潔かつ衛生的に保つと共に、生活に彩りと潤いを与え、生活の質を向上させる上では大切なものです。ところが、香粧品に関する研究、特に科学的研究を行っている国内の大学の数は非常に少ないのが現状です。香粧品研究部門では、香粧品の機能と利用法に関する科学的研究に基づき、私達の生活を豊かにしてくれる新しい香粧品を研究開発することを目的にしています。現在は、悪臭を捕捉し、良い香りを放つことのできる材料・物質そして技術の開発、そして肌に優しく、効果的に効力を発揮できる美白剤の開発研究を行っています。将来的には、より広い香粧品分野の研究にも取り組みたいと考えています。

 先進生命科学研究所の前身である糖鎖科学研究所では、糖鎖科学研究の成果を医療に応用する目的で研究を行ってきました。糖鎖科学研究部門では、これまでの研究基盤の上にさらに研究を積み重ね、具体的に医療に貢献できる研究成果を出すことを目標にしています。現在は免疫に特化した研究課題に取り組んでいます。

 

 ――研究所の共通テーマは「QOL(命の質)」の向上とうかがっていますが、QOLの向上とは具体的にはどのようなことでしょう。

 健康で長く幸せに生きるには、食品だけでも、医薬だけでもダメです。人間のことを総合的に考えてこそQOLの向上に役立つ。私達が何のために学問をしているかというと、みんなが幸せになるためにしているわけです。今は理系の先生だけで集まっていますが、文系や芸術系の先生も一緒になって、総合的に考えてこそ初めて、人間が真に幸せになるための研究につながると私は思います。東海大には18学部もあるわけですから、総合大学としての特徴を活かして、総合的に「人を幸せにする」ことが可能だと思います。みんなが楽しく幸せで笑顔になるような研究をしていきたいと思っています。

 

 ――先生のご専門は分子設計とうかがっています。医薬品などの開発にどのようにかかわっているのでしょうか。

 新薬を作り出すのがどれぐらい大変かと言いますと、日本製薬工業協会のデータでは5年間で約72万8000のプロジェクトがあっても、成功するのはわずか25例。成功確率はわずか0.0034%です。時間もかかるし、お金もかかります。試算はなかなか難しいのですが、1つのプロジェクトを成功に導くには、少なくとも1000億円もの研究開発費がかかるのではないかと推定されています。

 一方で、ご存知のように製薬会社の合併が進んでいます。それがどういう意味を持つかと言いますと、合併は会社の利益向上を目指すことですので、会社は、糖尿病やがんのように先進国(経済的に豊かな国)に患者さんがたくさんいる大型商品開発にさらに注力することになります。その結果、患者さんの少ない病気(希少疾病)の治療薬の研究開発からますます遠ざかることになります。希少疾病の治療薬のことを英語では、オーファン・ドラッグ(日本語では希少疾病医薬品)と言います。これは正に「孤児になった薬」つまりは「開発から外された薬」を意味します。世界的にも、医薬品の製造者は会社ですので、会社に開発意欲のない医薬品の研究開発は誰もやらない訳です。これは実に悲しい現実です。この問題を解決する1つの方法は、大学でこれらの医薬品の研究開発を行うことです。しかし医薬品の研究開発には莫大な経費がかかるので、製薬会社と同じように大学で行うことは到底できません。ではどうするか。最大限に効率化を図りましょうということです。

 20世紀の終盤に飛躍的に発展した科学に生命科学とコンピュータ科学があります。生命科学の発展は色々の病気の詳しい分子メカニズムを解明して来ました。一方、コンピュータ科学の進展は生物体内で起こる複雑な現象のシミュレーションをも可能にして来ました。この二つの分野の科学が融合することで、医薬分子の発見を従来の生物実験だけに頼るのではなく、コンピュータ・シミュレーションで行う道が開かれて来ました。私は、コンピュータ・シミュレーションで医薬分子を発見・創製するというこの新しい分野の発展と共にこの40年近く研究生活を送って来ました。

 

 ――コンピューターを使って薬を作るメリットはどこにあるのでしょう。

 とにかく薬の開発がスピード・アップできるということです。コンピュータでシミュレーションしますので、たくさんの実験を行わなくて済みます。これは、大幅な研究経費の削減につながるだけでなく、実験で犠牲になる動物の命の数を最小限にすることにも非常に大きく貢献します。さらに、精密なシミュレーションに基づくことで、より高い確率で新規な医薬分子を発見・創製することを可能にします

 現在、研究・開発を進めている血栓症治療薬の開発のケースでは、224万種という膨大な化合物ライブラリーの中から、まず「薬らしい」化合物を3000拾い上げました。続いて、病気の原因になっているタンパク質(これを「標的」と言います)に結合して、その働きを抑える(つまり病気を治す)ことのできる化合物をシミュレーションで求めました。標的の働きを最も強く抑える可能性が高い95化合物の内、実際に入手することができた28化合物について実験を行いました。その結果、2つの化合物が充分な血栓溶解能を持つことが分かりました。この研究成果は、従来の方法に比較して圧倒的に高い確率で医薬品候補化合物が発見できたことを意味します。

 一つの化合物の値段を1000円と仮定すると、224万化合物全部を購入して実験を行うと、試薬代だけで22億4000万円かかることになります。この額は大学で研究をするものにとっては、気が遠くなるような数字です。でも、この研究ではコンピュータで95化合物まで絞り込みましたから、95化合物を全部買って実験したとしても9万5000円の試薬代で済みます。これなら私の研究費でも十分賄えます。この例は、コンピュータを使うことで、非常に効率的に医薬品開発が行える可能性を示しています。この研究で発見・創製された医薬品はまだ市場には出ていませんが、近い将来、多くの患者さんの病気の治療に使われるようになることを私達は期待しています。

 

 ――先生はどうして現在のご専門の道に進まれたのですか。

 最初は医師になりたかったのです。小さい頃、熱を出した時に、薬剤師だった母親が抗生物質を飲ませてくれました。40度ぐらいあった熱が嘘のように下がり、体が信じられないほど楽になりました。薬=医療ってすごいなあと思い、いつか治す側になりたいと思いました。

 ところが、いざ医学部を受験しようという時に、色神に異常があると言われました。私達の時代は色覚に異常があると医学部が受験できなかったんです(受験できる大学もあったようです)。医学への道を諦めても、小さい頃に感じた抗生物質に対する思いを捨てきれず、博士課程の途中で、抗生物質の研究開発をさせてくれるという条件に惹かれ、企業の研究所に勤めることにしました。色神異常はその後に誤診だったと分かり、再受験を考えたことがありました。しかし、皮肉にもその時に携わっていた研究の方がずっと魅力的に見え、そのまま薬の研究開発を行う研究者の道を通ってくることになりました。15年間、企業の研究所で研究を行ったのですが、もっと自由に薬に関する研究を発展させたいと考え、東海大学に移りました。

 

 ――研究中の失敗談などはありますか。

 失敗がほとんどです。実験している時は何度も失敗しています。3カ月ぐらいかけて作ったサンプルを目の前で一瞬にして壊してしまったりとか。

 イギリス留学時代のエピソードです。実験の準備をコールドルームという室温4度ほどの狭い部屋で行っていました。空調を良くするために密閉性が高くしてあるので、酸欠になるから30分以上、中で作業をするなということになっていました。ところが手がかじかんで、サンプルの調整が上手く行かない。何度も何度も何度も、作業を繰り返しました。ルールなどすっかり忘れて、私はすっかり熱中してしまって。同僚が私を探しに来て、そういえばまだ部屋から出てきていないということになりまして。どう見ても2時間ぐらいはたっているし、中で死んでいるんじゃないかと心配されたことがありました。同僚が血相変えてすごい勢いで実験室のドアを開けたものですから、こっちがびっくりしちゃって。「火事でも起こったの?」と聞いたら「生きてるか」って。そのことがきっかけで、その後、その部屋にはタイマーでブザーが鳴るようになりました(笑い)。

 

 ――今後の夢や課題をお聞かせください。

 薬には必ず副作用(毒性)がつきまといます。毒性がゼロの薬などありません。ところが、毒性の研究はすごく難しいんです。薬が効くというのは明るい話ですし、研究費も出ます。ですが、毒性に関する研究にはほとんど研究費が出ないんです。

 製薬会社は動物実験で毒性の試験をしていますが、人間での毒性を事前に知ることは非常に難しいのです。現実的には、残念ながらたくさんの患者さんに投与されて初めて何かおかしいということが分かることが少なくありません。そうすると市場から回収ということになり、製薬会社が悪者のように見えますが、そもそも患者さんは千差万別で、千差万別の人に等しく毒性がないなんてものはできません。既往症や遺伝的なもの、特異体質などが重なって毒性が出てしまうことはあり得るわけです。

 そこで私がいま提案しているのは、コンピュータで可能な限り毒性を予測しようということです。ただ、すごく大きな障害があります。毒性のデータはいわば影のようなもので、なかなか公開されません。開発や販売が中止になった薬のデータさえもその詳細が公開されることはほとんどありません。私はこうしたデータも人類の貴重な共有財産だと思っていますが、なかなか入手できません。データがなければシミュレーションできません。世の中ではビッグデータという言葉がもてはやされていますが、重要なデータは案外公開されていません。でも何とか、できる限りシミュレーションで毒性予測をしようと現在もがいている最中です。

 

 ――学生、若者へのメッセージをお願いします。

 医学部の学生には「まず専門バカになれ」とよく言います。「専門バカになってから楽しいことをやりなさい」ということですね。研究をしたいと私のところに来る学生には、まず医師免許を取るための勉強に専念しなさいと言っています。良医になるにはいろいろな知識が要るので医学部で用意されているカリキュラム(非常に優れたカリキュラムです)の勉強をまずしなさいと言っています。つまらないと感じることでも、それらの知識や考え方は先輩医師達が身をもってその大切さを感じたものですから、それらをまず学ぶことは非常に重要です。それらをしっかり学んでから、研究を開始しても決して遅くはありません。その分野が好きとか嫌いというのは、さんざん勉強してから分かるもので、まだろくに勉強していないのに、どうして選択できるの?って言っています。

 勉強しろと言っておいて、遊べというのも、二律背反ですが、若い時に旅行、それも一人での旅行を私は薦めています。日常と大きく違う状況に自分一人を置くことは、自分を見直す良い機会です。そして、できたら、いい映画、いい音楽そしていい絵など、多くの良い物あるいは本物に触れる機会を作り、それらについて自分の心で感じ、自分の頭で考えることです。若いうちにたくさんの経験をした方がいいと思います。

 最後に、ガリレオ、ニュートンやアインシュタインなどは偉大な科学者ですが、彼らの業績は数知れぬ無名の科学者や技術者が永々と誠実に行った膨大な実験や考察の結果があってはじめて為し遂げることができたものです。科学者は個人プレーをしていると思われることが多いのですが、実は科学者は昔から研究をする上で過去そして現在の非常に多くの人達に助けられています。私は、科学者はこのことを謙虚に受け止め、科学の発展に誠実に寄与すべきであることを常に意識すべきだと思います。科学をなぜするのか、色々な理由が考えられると思います。私は一言、多くの人達が幸せになるためだと思います。

 

東海大学 先進生命科学研究所 所長 平山 令明 (ひらやま のりあき)

1948年、茨城県出身。東海大学・特任教授。理学博士。東京工業大学大学院理学研究科・博士課程を中退し、協和発酵工業(現・協和発酵キリン)東京研究所研究員および主任研究員、ロンドン大学・インペリアル・カレッジ博士研究員、東海大学開発工学部生物工学科教授、東海大学医学部基礎医学系教授、東海大学糖鎖科学研究所所長・特任教授を経て、現職。専門はin silico創薬科学、機能性分子の設計、X線結晶学、計算機化学。