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外国人に人気「地域の祭り」に見る観光立国 ブームで終わらさないために必要なものとは 東海大学 観光学部観光学科 講師
服部 泰

2017年2月1日掲出

 日本を訪れる外国人が増え、今、地方の観光が注目されている。過疎化に悩む地方にとって観光は地域活性化の大きな起爆剤となるが、一過性のブームに終わる可能性もあり、さまざまな問題を含んでいるという。東海大学観光学部観光学科の服部泰講師に話を聞いた。【聞き手・兵頭和行】

 

 ――今、取り組んでいる研究について教えてください。

 観光によって都市と文化がどう変わっていくのかをメインの研究にしています。ボルネオ島や台湾の奥地では、原住民の生活を都会の人たちが体験するような観光が1980年代に始まり、2000年代に人気になり、それが今、廃れつつあります。原住民が観光産業で生活していく時に本来ある文化を観光用にアレンジし、少しずつ文化を変えていってしまう。「文化変容」といいますが、そうして自分たちの文化を失っていくようなことが起きています。

 

 ――文化変容とは具体的にどんなことですか。

 ボルネオ島のイバン族の村では、電気もガスもないところで暮らすという観光によるスローライフ体験を提供しています。最初は実際に電気やガスのない生活をしていたのですが、近代化で電気が通り、テレビアンテナが立ち、生活が西洋的なものへと一変します。ですが、観光で見せるべき文化は電気もガスもない文化なので、そうした演出をするわけです。自分たちは電気もガスもテレビも見たことがないという顔をしながら、実は裏にいくと冷蔵庫がある。そのようにして彼らは観光客が魅力を感じるような文化を演出しなければならなくなり、それがだんだんと自分たちの伝統に変わっていきます。

 昨年は台湾のタイヤル族が多く住む地域にも行きました。自分たち原住民の生活を文化にして切り売りし、商品化をしていますが、実際の文化は失われつつあり、観光資源として演出してやっていくということに苦しみがあるようです。

 

 ――日本ではどうですか。

 観光に暮らしをシフトしていこうという動きが日本の地方にもありますが、まさに長続きさせることが難しいのですね。一時的に火がついて、お客さんが来ましたという事例はよくありますが、長く続けるのが難しい。観光産業にシフトしていくが、長続きせず、次はどうするのか、という課題を抱えることが多いのです。

 例えば、石川県能登町に「にわか祭」というお祭りがあります。キリコといわれる大きな灯籠(とうろう)を各地区から出して担ぐのですが、少子高齢化が進み、キリコの担ぎ手が減少してきたので、学生たちが関わるようになりました。学生たちが祭りを盛り上げて話題になり、地元紙にも載りました。そうすると逆に難しいのは、地元が大学に期待し、東海大学の学生が来るならキリコを出しましょうという形になる。そのような状況になると学生が祭りの主役になるような状況が起きてしまう可能性があります。

 

 ――学生は何人くらい連れていくのですか。

 最初は地域活性化のためのアイデアを出してくれませんかということで、2012年にゼミ生8人を連れて行きました。町内に若者を呼び込むためにどうしたらいいかを報告書にまとめ、魅力アップのためのプロジェクトをスタートさせ、マップづくりをするなど観光活性化に取り組みました。祭りを手伝うようになったのは2014年からで、2015年からは実習授業として取り組み、学生63人が集まりました。

 学生は3泊4日で現地に行き、その日の夜からキリコ作りを始め、骨組みを作り、のりをつけて紙を貼り、ひもを通してという作業すべてにかかわっています。絵だけは専門の絵師が描きますが、それ以外の工程には全て学生がかかわっています。一晩二晩で作るので、朝6時に跳び起きて、地元の人と一緒に手伝いながらまるまる一日作る。お祭り当日になると、おはらいにもかかわって、町中を練り歩いたり、夜はキリコを担いで回り、まさに地元の人と一体となります。

 学生がお手伝いしている地区では、元々キリコ9基を出していたところを、昨年は人手が足りなくなったため7基に減っていたのですが、学生たちが来るならもう一つ出しましょうということで、8基に増えました。ある意味で学生がそういうエネルギーになってくれています。

 

 ――学生に依存するという課題について解決策はありますか。

 学生たちは見事に地域に入りこんでいきます。若いのでおじいちゃん、おばあちゃんと話をするのがすごく楽しくて、どっぷりとつかっていくという部分があります。どんどんお互いの依存度が高まってしまうので、私としては冷たいかもしれませんが、どう距離感を保ちつつやっていくのがいいのかを考えているところです。

 お祭りは元々、漁業に関係していて、豊漁や安全の祈願のためでしたが、能登半島の漁業は衰退し、お祭りが本来もっていた意味とずれてきているところがあります。ただ伝統は大事なので守る必要がありますが、守るだけでは維持できなくなってきていることも事実です。文化が変化してしまうというのと同時に変えなければいけない部分もあるかもしれません。そういうことの検討を少しずつ学生たちとも一緒に考えようというところに来ています。

 

 ――お祭りの手伝いはよくするのですか。

 福井県南越前町の今庄地区のお祭りに縁があって学生を連れていったことがあります。授業でディズニーランドを分析したことがあり、それが地域のお祭りにも活用できるのではないかと考えてお手伝いしました。人間というのは直線的に歩くよりも往来を繰り返して歩いた方が好奇心が高まったり、購買力が高まるということが心理学的にわかっています。ディズニーランドはまさに人が一直線に歩かないようにあちこち行くような構造になっています。地域の祭り会場といえば、通常、出店など食べ物ゾーン、舞台ゾーンときちっと配置しますが、それを散らすことで人が行ったり来たりを繰り返して、空間を感じたり、好奇心が高まっていったりして、購買力につながっていくので、配置を工夫しました。

 お祭りの手伝いと同時に、地域住民の心理面の調査もしています。当然、過疎化で人が少なくなっているということに課題を抱えながらも、みなさんは、その地域のあり方を必ずしも悪いと思っていません。外からお客さんがたくさん来たらうれしいのと同時に、お客さんが来すぎても良さが失われるというバランスがあるのです。地域を元気にしていくということは、単に祭りで行列ができればいいのではなく、自分たちの地域や人口にあった集客規模が必要であり、よそからどんどん客を呼べばいいということではないということも併せて考えています。どうしても人がたくさん来ると成功事例として捉えられることが多いのですが、本来は適正規模やステップがないと長続きは難しいのではないかと思います。

 

 ――外国人が地域にも観光によく訪れるようになっています。

 外国人を呼ぶことに先進的に力を入れている岐阜県の高山を研究したことがあります。設置している観光客向けの看板は4、5カ国の言語で書かれており、ホームページは11ヶ国語で作成されています。追跡調査で分かったことは、外国人が動きやすくなる看板づくりというのは、日本人にとっても動きやすくなるということです。例えば、高山は町々に標識があって各国語でどの方向に何があり、トイレまで何メートルと書いてある。当初は外国人用に作られましたが、日本人にとっても大変わかりやすいのです。インバウンドは外国人を呼ぶという効果と同時に、日本人の観光も促進していくということも実は大きいということです。

 高山の観光関係者に話を聞いて面白かったのは、最初は英語がしゃべれるようにマニュアルを作ったが、あまり効果は上がらなかったそうです。マニュアルをやめて英語の辞書を配付すると、日本人の側も外国人の側も辞書をめくりながらやりとりするようになる。意味が通じてなくてもすぐコミュニケーションをするようになってきて、高山面白いぞ、一生懸命やってくれるぞと、成果が出たそうです。インバウンドというと、看板や語学力の整備がよくいわれますが、もう一つ手前に、そういう努力が効果を出したということはとても興味深かったですね。

 

 ――観光を一過性のものに終わらせないためには何が必要ですか。

 観光はブームを作りますが、どうやって維持するかということが本当は大事なことで、観光を大事にしながら観光に頼らないということが課題です。地域活性化というと、お客さんを呼ぶことで経済的な豊かさが生まれる、という発想から始まりますが、自分たちの望む生活がそもそもどういうものなのかがまず出発点となり、その上に観光による経済の活性化があるのだと思います。観光立国で外国人がたくさん来てブームが起き、東京五輪の開催決定を機に爆発的に訪日外国人が増えてきていますが、東京五輪が終わった後が課題です。

 

 ――学生、若者へのメッセージをお願いします。

 学生たちは、ものごとの表面を見ることにすごく長けていて、吸収するものも大きいのですが、裏側を見るのがすごく苦手だと感じます。人間同士でも表に見えている部分と裏側があり、裏側をいかに感じ取れるかというところが今の若い人は苦手で、そのことで人間関係がうまくいかないことが多いと感じています。

 その人が好きか嫌いか、地域が好きか嫌いかは、裏側も見て初めてわかるものです。そのためには実際に人と接することや、繰り返しその場所に行くということが大事です。そうした積み重ねの中から見えてくるもので、ものごとを判断してほしいと思っています。

 

東海大学 観光学部観光学科 講師 服部 泰 (はっとり とおる)

1974年デンマーク生まれ。中央大学文学部卒、東海大学大学院文学研究科文明研究専攻博士課程前期修了、同博士課程後期を満期退学。㈱ANA総合研究所研究員を経て、2009年から東海大学文学部、10年から現職。アジアやヨーロッパを中心に、文化観光の諸問題を研究している。