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旧優生保護法を問う

強制不妊手術 法案修正過程の「攻防」 人口抑制、障害者が標的 対象拡大にGHQ疑義

 優生保護法は戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の間接統治下で誕生した。「不良な子孫の出生」の防止を理由に強制不妊手術の対象拡大にこだわった日本に対し、GHQは対象の厳密化を求めながら強制不妊自体は容認した。「日本の民主化」を掲げたGHQが、逆行するような人権侵害の法律をなぜ許したのか。法案の修正過程でどんな主張が交わされたのか。1948~49年の制定と改正を巡る200ページに及ぶ米国の公文書から旧法の原点をたどる。【千葉紀和、上東麻子、和田浩明】

     優生保護法は48年6月、産婦人科医の谷口弥三郎参院議員(民主党)らが社会党案を修正し、保守系を含む超党派で議員提案された。共同提案者10人のうち8人が医師だった。

     GHQが法案を検討した記録は、国会提出の1カ月前、48年5月から残る。担当したのは、民主化政策の中心で新憲法草案を作成したことで知られる民政局だった=年表[1]。

     民政局は、日本の法律制定は「国会が原則として自由に決定することを許されている」と尊重姿勢を示しながらも、法案の「危険な部分」に幅広く注文を付けた。特に、強制不妊について「個人の私生活と幸福に対する国家の最も広範な介入」だとして、法案が強制不妊を正当化する根拠とした「遺伝性精神病」「強度かつ悪質な遺伝性病的性格」「遺伝性奇形」といった「大ざっぱな分類は、法的・医学的要請に基づく正確な定義に全く当てはまらない」と指摘した。その疑念は「第三帝国の支配民族理論に基づくナチス断種法ですら、医学により遺伝性だとみなされる個々の病気を明示している」という表現に凝縮されていた。

     実はこれらの指摘をしたのが、戦後日本の司法制度改革を主導したユダヤ系の亡命ドイツ人法律家、アルフレッド・オプラー氏だった。当時民政局の法廷法律課長だったオプラー氏は「官僚機構はいまだ警察国家的イデオロギーに満ち、汚職が長年続く国だけに、乱用の懸念がある」と、日本の体質を懸念し、「遺伝性疾患の正確な定義付け」など6項目の修正を提案している。

     指摘は、修正法案にほぼ反映された。裏を返せば、原案にはこうした最低限の人権保障の規定さえもなかった。

     強制不妊の厳密化は手術対象の疾患を「別表」に明記する形で図られた。法案は国会に提出されたが、審議中の6月、GHQから再び注文が付いた。民政局からの要請で法案を検討していた公衆衛生福祉局(PHW)からで、軍医のクロフォード・サムス局長の下で保健政策を管轄するPHWは、追加された別表の中身に猛反発した。列挙された疾患が「遺伝性かどうかには議論があるもの」だったからだ=同[2]。

     PHWは、この別表が優生保護法の前身で戦前に作られた国民優生法の施行規則(41年制定)から、医学的な検討もなく丸写しされたものだと見抜いていた。それでも法案は全会一致で成立。この段階では「別表」に6分類56種の対象疾患が記されていた。

     このころ、谷口氏は「いかにして我が人口問題を解決するか」と題し、国土の狭さと食料生産力の限界から「飽和状態に達している人口増の抑止が喫緊の要請」だとGHQに日本側の問題意識を訴えた=同[3]。

     しかし、GHQによる疑義は尾を引いた。この後、強制不妊の対象を巡る攻防が続いていった。

     翌49年4月、谷口氏はPHWの求めに応じ、「別表」を削除した旧法改正案を国会に提出した。改正の主な狙いは、人工妊娠中絶を認める要件に経済的理由を加えて緩和することだったが、強制不妊では別表の代わりに「厚生大臣が指定した以下の疾患」として「遺伝性精神病」など5分類を挙げた=同[4]。PHWはこの改正案の良い点として別表の削除を挙げて評価した。

     ところが日本側は5月、参院厚生委員会で法案を修正し、疾患を減らした上で別表を再び復活させる強硬姿勢を見せた=同[5]。

     PHWは「別表が復活した結果、(再修正案は)現行法の改悪とはいえないものの、改善はほとんどない」と強い不満を表明した。さらに「新たな別表は、明らかに遺伝性でない症状を含んでいる」として、「異常な放浪癖」「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」などの削除を求めた。その一方で、「別表に改善がみられる」として、法案に反対しないことを通知した。

     これを受け、谷口氏は同月の参院本会議で「精神病学的分類法が幾らか旧式に流れておったので、幾らか変更いたすことにした」「素質が優秀なものを保存するのは本法の根本方針」などと提案理由を述べた。別表の疾患は5分類30種。改正案は成立し、以後半世紀にわたる人権侵害の法的基盤となった。

     一連の修正協議からは、日本側が医学的根拠の有無を問わず、強制不妊の対象拡大に腐心し、人口抑制を盾に、精神・知的障害者を幅広く排除しようとした差別意識がうかがえる。

     ただし、GHQは、対象疾患の厳密化を強く求めたものの、強制不妊そのものは否定しなかった。「公共の福祉が個人の権利に優先する場合のみ、強制不妊は許される」との考えに基づいていた。任意の不妊手術の対象に、明らかに遺伝性ではない感染症のハンセン病を含んでいたが、その点も問題視しなかった。「世界最大の民主国家」をうたった米国も、当時の人権意識には限界があった。

    初の議員立法「自主性」尊重され

     連合国軍総司令部(GHQ)はポツダム宣言に基づき、米国が中心となって「日本の民主化」を進めるため、政策や法律の制定などに深く関与した。それなのになぜ、戦後世界で類例のないほどに障害者らの人権を侵害した優生保護法が成立したのか。当時の状況からひもといた。

     法律の多くが議員から提案される米国とは対照的に、日本では官僚機構からの提案が主流だった。優生保護法は戦後初の議員提案された法律の一つだったため、GHQは「日本の自主性」を尊重したと見る研究者は多い。

     GHQで保健政策を担った公衆衛生福祉局(PHW)の最大の関心事は、占領政策を円滑に行うための感染症対策などで、「優生」に関する優先順位は高くなかった。

     豊田真穂・早稲田大教授(ジェンダー史)はこうした指摘に加え、「米国内では当時、カトリック団体が産児制限に反発を強めていた。だから、GHQは人口政策に絡む優生保護法への介入は消極的だった」と分析する。当時は米国の多くの州でも強制不妊手術を認める法律が施行されていた。「この時代は、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)と公共の福祉をてんびんにかけたら、後者が勝っていた」というのだ。

     GHQ文書研究の第一人者の荒敬・元長野県短大教授(日本現代史)も、「公共の福祉は、この時代の治安対策のキーワードだった。公共の福祉の名の下、民衆の権利を制限し、占領統治の遂行に利用していた」と分析する。旧法を改正した1949年は、民主化政策が後退し始める微妙な時期でもあった。

     荒氏は「基本的人権を尊重する憲法はできたが、官僚や人々は戦時中の法意識を引きずっていた。これらの要素が絡み合い、長らく人権侵害が行われることになった」と指摘する。


    強制不妊の対象とした疾患の遺伝性に「医学的根拠が不明」だと指摘したGHQ民政局の文書。アルフレッド・オプラー氏の名がある。

    優生保護法案を巡るGHQの主な指摘

    ◎民政局 1948年5月11日

    公衆衛生福祉局に対し、同法案に意見を述べ、現状の内容を不可とし、以下の線での修正を要請するよう求めることを提案する:

    a)強制不妊手術の根拠として遺伝性疾患の正確な定義付け

    b)(強制不妊の適否を決める)委員会決定に対する法廷への異議申し立ての保障

    c)任意の不妊手術からの未成年者、被後見者の除外と、成人による同意に関する確認条項の挿入

    d)中絶に関し、特に未成年者による同意の自発性について調査する特別の責務を委員会に付与

    e)委員会の構成に関する条項の改善

    f)民間事業者による優生結婚相談所の設置について厚生大臣による認可に加えて追加の要件を設定

    アルフレッド・C・オプラー 法廷法律課長

    ◎公衆衛生福祉局、民政局 1948年6月25日

    3.優生保護法案の修正案に含まれる欠陥症状のリスト(別表)は、日本側は公衆衛生福祉局が提起した反対意見が示す要請を満たしていると考えているが、ごく少数の例外を除き、遺伝性かどうかには議論があるものである。厚生省を通じた調査によれば、問題のリストは、厚生省の一医師により、遺伝性に関する受容された医学的意見の分析的検討なしに、1941年の国民優生法施行規則からそのまま取り込まれた。

    6.従って、公衆衛生福祉局は強制不妊手術に関する同法案の内容には同意できない。

    ◎公衆衛生福祉局 1949年5月11日

    2.最新の修正案には、いわゆる「別表」が含まれており、優生手術の対象となる遺伝性と考えられる症状が現行法から変更されている。再修正案は現行の別表よりはよいが、依然、遺伝性と証明されていない症状が含まれている。

    5.別表が復活した結果、現行別表より大幅に改善されたとはいえ、(再修正案は)現行法の改悪とはいえないものの、改善はほとんどない。

    6.民政局には再修正案に反対なしと回答。遺伝性と見られる疾患別表に改善が見られるとの判断に基づく。

    ハリー・G・ジョンソン 大佐 医療部隊 医療サービス課長

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