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旧優生保護法を問う

強制不妊手術 法案修正過程の「攻防」 対象拡大にGHQ疑義 ゆがんだ「理想」排除正当化 松原洋子氏

=千葉紀和撮影

 優生保護法を巡る連合国軍総司令部(GHQ)の記録文書から何が読み取れるのか。同法成立過程や問題点に詳しい立命館大の松原洋子教授に聞いた。

    松原洋子・立命館大教授

     日本が強制不妊手術の適応を幅広く設定することにこだわったのは、1948年の同法提案当時、日本の状況に強い危機感を持っていたからだ。

     敗戦直後の日本は領土が縮小し、経済も壊滅状態だった。海外からの引き揚げやベビーブームで食料と住居が不足し、過剰人口問題が急浮上した。社会も混乱を極め、犯罪対策が急務だった。戦争で多くの若者を失い、「不良な子孫」が増えると懸念されていた。

     また、同法の提案者や厚生省には、戦前にナチス断種法をモデルに国民優生法を作ったのに、強制不妊手術をやむなく断念したことへの後悔もあった。

     つまり、戦前から引き継いだ「健全」な国民をつくるという理念と、戦後の復興や文化国家建設という新たな目標から、「今こそ優生政策が必要だ」「社会秩序を乱す人々を排除したい」という切迫感が結びついたと言える。

     さらに当時、米国では多くの州で精神障害者らへの強制不妊手術が可能な法律があり、北欧のスウェーデンなどで同様の法律を運用していた。日本側は各国の優生政策もよく調べており、自分たちの主張は妥当だと判断したのだろう。

     一方、GHQ側は、倫理的に疑問の多い法案の内容を改善しようと働きかけたことは事実だが、根本的問題をいくつも見逃している。強制不妊手術の必要性は否定しておらず感染症であるハンセン病が不妊手術の対象とされていることにも疑問を呈していない。

     また、不妊手術の対象として、遺伝性疾患を限定するよう再三指摘しておきながら、運用面で遺伝性かどうか判断できない仕組みになっていることも問うていない。同法では任意手術の必要性は医師1人の判断で決定され、強制の場合の審査でも遺伝の専門家は必要とされていないのだ。

     同法は戦後日本の民主化を目指したGHQの統治下で、民主的手続きによって成立した。現代と違い、人権に対する概念が限定されていたとはいえ、民主主義は「優生」と矛盾せず、むしろ推進した側面もあったことに留意したい。また、社会的な問題の原因を、医学的理由に求める傾向は現在も見られる。医療情報による生活習慣の管理が進み、遺伝子検査や出生前診断も身近になったが、そこには排除のリスクもある。今に通じる問題として考える必要がある。


     ■人物略歴

    まつばら・ようこ

     1958年生まれ、東京出身。お茶の水女子大大学院人間文化研究科修了。博士(学術)。同大助手などを経て2002年から立命館大教授。専門は科学史・生命倫理学・科学技術社会論。日本弁護士連合会法務研究財団のハンセン病問題に関する検証会議検討会委員も務めた。共著に「優生学と人間社会」(講談社)など。

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