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月刊・時論フォーラム

小笠原諸島返還50年/実質的移民国家/医療費助成

返還50年を迎えた小笠原諸島。(手前から)父島、兄島、弟島=6月9日午前、本社機「希望」から
父島、兄島、弟島

 今回のメインは石原俊・明治学院大教授。明治に改元されて150年の今年、明治政府による対小笠原諸島や北海道、沖縄政策に光を当てることで、今日なお残る負の遺産を浮かび上がらせる。吉田徹・北海道大教授は、日本に来る外国人が置かれた環境を、井手英策・慶応大教授は、政府による難病の医療費助成圧縮を取り上げることで他者に不寛容な現代日本社会に警鐘を鳴らした。

     ◆小笠原諸島返還50年

    今なお残る負の遺産 石原俊

    70年安保前の懐柔

     今日6月26日は、小笠原諸島の施政権が米国から日本に返還されて50年の記念日にあたる。1965年の北爆開始以後、ベトナムでの米軍の残虐行為が次々と明るみに出ていた。出撃基地とされた沖縄では、日本復帰運動に加えて反米軍基地運動が高まっていた。60年に改定された日米新安保条約の延長期限(70年安保)が迫る中、日本の反米世論は敗戦後では最高潮に達していた。米国は、ベトナム攻撃の兵站(へいたん)である沖縄をなお保持しつつ、日本本土での左派政権成立を抑止し70年安保を乗り切るため、67年に小笠原返還を発表し世論懐柔策に出たのである。

     今年2018年は「明治維新150年」にあたるが、小笠原返還の1968年は「明治維新100年」であった。64年の東京五輪を経て70年の大阪万博を目前にしたこの年、当時の東アジアで「唯一の先進国」として高度経済成長を達成した日本社会には、「近代化」「文明化」の契機としての明治維新を自賛する言説があふれていた。

     一方で68年は、全国のキャンパスが大学の民主化を求める学生らによって占拠された年でもあった。またこの年、水俣病の原因究明に消極的であった政府がついにチッソの工業廃水を原因として公式に認めるなど、戦後日本の復興・高度経済成長下の公害被害が白日の下にさらされていた。68年は、「近代」や「文明」がもたらしたものへの根底的な疑義や批判が社会を揺るがせた年でもあった。

     しかし、68年の小笠原返還の歴史的背景を、明治維新以来の日本の「近代」が抱えてきた根本的矛盾の象徴的な事例とみる認識は、当時の日本社会では希薄だった。

     1868年の明治維新当時、日本の排他的領土として国際社会から認知されていたのは、本州・四国・九州とその周辺の島々、北海道の一部にとどまっていた。だが明治政府はまもなく、北海道全域と千島、沖縄、そして小笠原の領有・併合事業に乗り出す。

     明治維新の翌年には北海道の植民機関である開拓使が設置され、米国の西部入植と対「インディアン」政策をモデルとしながら、アイヌの生活空間の多くを近代法上の「無主地」とみなして一方的に国有地化し、本州などからの入植者に分け与えた。平野が述べるように、日本当局になりわいの狩猟や漁業を制限されたり強制移住させられたりしたアイヌの多くは極度に困窮し、近代北海道社会の最底辺層に組み込まれていく。

     明治政府は1870年代に入ると、捕鯨船の寄港地として欧米や太平洋諸島など世界各地からの移住者を集めていた小笠原諸島の領有を各国に通告、彼ら先住者を日本籍に編入する。並行して明治政府は、琉球王国の併合を着々と進めていった。日本「近代化」の契機としての明治維新は、日本の「帝国化」の端緒をも意味していた。

    帝国の「捨て石」

     第二次世界大戦末期、硫黄島を含む小笠原諸島は、日米の総力戦の最前線に置かれる。日本軍は小笠原諸島民約7700人のうち約6900人を本土に強制疎開させた。他方で青壮年男性の大多数が、強制疎開の対象からも除外され、軍属として徴用された。そして、硫黄島は沖縄などとともに凄惨(せいさん)な地上戦の場となった。軍属として残留させられた硫黄島民103人も地上戦に巻き込まれ、その大多数が命を落としている。小笠原は「帝国」日本の崩壊過程で、「捨て石」として扱われたのである。

     日本の敗戦後、米軍の直接占領下に置かれた小笠原では、米国の特別措置によって、1876年の日本領有以前の先住者の子孫(欧米系島民)約130人にのみ、父島への帰還が認められた。他方で他の大多数の島民、すなわち日本領有以後の本土などからの移住者とその子孫(旧島民)の帰還はかなわなかった。日本はサンフランシスコ講和条約で再独立を獲得するが、同じ条約の第3条は、沖縄や小笠原を米国の排他的な施政権下に置き続けることに日本政府が同意すると定めていた。長期難民化させられた小笠原諸島民の多くが本土で貧困に苦しむ中、米軍は小笠原の島々の秘密核基地化を進めていく。小笠原は冷戦下における日本の再独立・復興の過程でも、「捨て石」として扱われたのだ。

    帰れない硫黄島民

     1968年の小笠原返還によって、父島や母島の旧島民とその子孫が四半世紀ぶりに帰還を果たした。他方で硫黄島には返還と同時に自衛隊が駐屯し始め、島民の帰還は認められなかった。その後も硫黄島は事実上日米が共同利用する基地として軍事利用され続け、現在も民間人の立ち入りは厳しく制限されている。そして硫黄島民は、44年の強制疎開から実に74年も故郷喪失状態に置かれてきた。

     「明治維新100年」の年の小笠原返還は、日本の「近代」100年が小笠原諸島とその住民に強いてきた矛盾や負荷に対して、日本社会が正面から向き合う契機にはならなかった。そして「明治維新150年」、小笠原返還50年の現在、強制疎開前の硫黄島での生活経験をもつ島民1世は高齢化し、存命者も少なくなっている。日本の政治と社会は今、国家に翻弄(ほんろう)されながら特異で複雑な「近代」をくぐり抜けてきた小笠原諸島の歴史経験を広く共有するとともに、硫黄島民が強いられてきた74年間の苦難に真摯(しんし)に応答する責任を負っているのである。

     ◆実質的移民国家

    問題の本質は日本 吉田徹

     外国人への新たな在留資格が決まる中、5月に「週刊現代」が立て続けに中国人の医療費「ただ乗り」を報じた。在留資格があれば国民健康保険に加入できるため、在住していないと思われる家族に治療を受けさせたり、母国での治療費を請求したりするケースが散見されるという。不正使用の割合は分からず、詐欺容疑で逮捕された例も紹介されているから、外国人のせいで「医療崩壊」が起きていると煽(あお)るのは、生活保護バッシングと同じく、ミスリードだ。受益者負担の思考が染み付き、移民の「福祉ツーリズム」批判は英の欧州連合(EU)離脱の際にもみられた議論。移民排斥論では、日本は世界標準に追いついたのか。

     対して芹澤の周到なルポは、外国人犯罪率低下を指摘しつつ、実質的な移民国家の姿と現場の取り組みを紹介する。コンビニの働き手の20人に1人はすでに外国人だ。

     本当の問題は外国人にではなく、日本にある。田中が耳を傾けた日系ペルー移民の子女は、いじめに遭っても、教師は何もしてくれなかったという。しかしこの生徒は、教師は日本人の不登校児に対するケアもしないのだ、と指摘するのも忘れない。

     つまり、他国民を大事にしない国民は、自分たちのことも大事にしないし、その逆も然(しか)りだ。社会学者アンドレアス・ウィマーの研究によれば、自国に対する誇りであるナショナル・プライドは、政府のプロパガンダなどよりも、政治参加の高さと相関するという。ならば投票率も低く、デモも忌避される国にあって「健全なナショナリズム」など、そもそも望みようがないのだ。

     ◆医療費助成

    難病軽症者15万人対象外 井手英策

     軽症でも、重症でも、難病じゃないか、ふとそんな思いがよぎった。

     2015年の難病法の施行以降、指定難病の数は56から331に増加した。一方、軽症と認定された患者は、原則、医療費助成の「対象外」とされた。施行前に助成を受けてきた患者には、3年間の経過措置があったが、昨年末にその期間が終了した。

     厚生労働省は「他の医療費との公平性を考慮した」と説明するが、どれくらいの「対象外」が生じるか把握していなかったとされる。そして、今月19日に加藤勝信厚労相は、助成を得られなくなった患者の数が約15万人にのぼることを明らかにした。

     たしかに対象者を減らすことによって財政負担は軽減される。18年度と17年度を比較すれば、難病の医療費助成は、142億円減っている。

     しかし違和感がある。日本社会はとかく自己責任を求める。だが、自己責任とは無縁の難病患者に「それくらい国のために我慢しろ」というのか。負担が大きく、通院を諦め、症状が重篤(じゅうとく)化する人もでるだろう。毎年度30兆円以上の借金をしている国が、わずかな節約のために人の痛みに鈍感になるとすればこんなに悲しいことはない。

     東日本大震災の時にも同じ気分になった。住宅の全壊・半壊、汚染の程度で支援に差が生まれ、両者の間に怒りのくさびが打ち込まれた。被災者は誰もが犠牲者なのに、彼らは対立へといざなわれた。理由が難病であれ、自然の猛威であれ、不安におびえる仲間たちへの共感を失ってしまえば、社会は社会である根拠を失うだろう。


     ◆今月のお薦め4本

    明治学院大教授(社会学)・石原俊

     ■「明治維新」を内破するヘテログロシア--アイヌの経験と言葉(平野克弥、現代思想6月臨時増刊号、総特集 明治維新の光と影)

     ■戊辰戦争・明治維新一五〇年と東北(河西英通、現代思想同号)東北は維新で敗者となった故に「未開」の烙印(らくいん)を押され差別されてきた。

     ■質問なるほドリ 硫黄島 戦没者遺骨の現状は?(栗原俊雄、毎日5月21日朝刊)地上戦生還者・遺族、旧島民らが担ってきた遺骨収容。今も日本軍側約1万体の遺骨が不明。

     ■現役教員が告発 地方国立大学を潰す「偽改革」(西原大輔・林田直樹・山口裕之、中央公論7月号)貴重な教育研究インフラを破壊してきた「改革」。市民も政官財界人も必読。

     ◆今月のお薦め3本

    北海道大教授(比較政治)・吉田徹

     ■コンビニ外国人(芹澤健介、新潮新書)

     ■学校ではしゃべらない。日本社会の片隅で孤立する「海外ルーツの子どもたち」(田中宝紀、https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/ikitanaka01)

     ■自分の国に誇りをもてますか(ウィマー、フォーリン・アフェアーズ・リポート6月号)

     ◆今月のお薦め3本

    慶応大教授(財政社会学)・井手英策

     ■欧米経済の衰退と民主的世紀の終わり(ヤシャ・モンクほか、フォーリン・アフェアーズ・リポート6月号)民主主義の安定性は経済基盤の頑健性が左右。

     ■医療報道をめぐる嘘(村中璃子、Voice7月号)

     ■「一度は親元を離れたい」生徒、地元私大を見下す先生(倉部史記、中央公論7月号)


     ご意見、ご感想をお寄せください。〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp


     ■人物略歴

    石原俊(いしはら・しゅん)

     明治学院大教授(社会学)。京都大大学院文学研究科博士課程修了。著書に「近代日本と小笠原諸島 移動民の島々と帝国」など。1974年生まれ。


     ■人物略歴

    吉田徹(よしだ・とおる)

     北海道大教授(比較政治)。1975年生まれ。


     ■人物略歴

    井手英策(いで・えいさく)

     慶応大教授(財政社会学)。1972年生まれ。

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