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生菓子

京都の水無月、実は北から南まで「全国区」

笹屋伊織の水無月。奥は黒糖味=京都市下京区の笹屋伊織高島屋京都店で2018年6月26日、国本ようこ撮影

 三角形のういろうに小豆を乗せた生菓子の「水無月(みなづき)」。京都では、旧暦6月の別名をつけたこの菓子を6月30日に神社である厄払い神事「夏越(なご)しの祓(はらえ)」に合わせて食べると良いとされ、6月に入ると菓子店で大々的に販売される。「京都の風習」「京の夏の風物詩」と宣伝されてきたが、関西発の節分の恵方巻きのように、実は北から南まで全国各地に広がっていた。

     1930年創業の那覇市の「首里知念製菓」。琉球菓子の店だが、3代目社長の知念秀和さん(42)が岡山県の和菓子店で修業したのを機に約10年前、和菓子の販売も始めた。「水無月を食べる習慣はなかったが、珍しがったお客さんが『縁起を担ごう』と毎年買ってくれるようになった」と話す。冷蔵庫に入れる人が多いため、硬くならないよう米粉で作るういろう生地にくず粉を配合。昨年は6月末までの約1カ月で約1000個売れ、今年は1500個を見込む。

     北海道でも、チョコレートで知られる「六花亭製菓」が少なくとも74年から製造販売している。京都の老舗「鶴屋吉信」での修業を経て72年に入社した前社長の小田豊さんが季節の菓子として始めたという。道内約70の全店舗で6月は水無月を置き、昨年は約14万個を売り上げた。

    六花亭製菓の水無月。北海道産の米粉を使っているという=六花亭製菓提供

     東京では「デパ地下」を軸に広まっている。約30年前から首都圏の百貨店に出店する京都市の「笹屋伊織」は昨年、関東の11店で計約1500個を販売。「以前はよく『これは何ですか』と聞かれたが、近年は『探していた』と喜ばれるようになった」。東京都の武蔵野地域で12店を展開する府中市の「青木屋」は約20年前から製造販売し、「半年の疲れを取るためにどうぞというと、涼しげで歓迎される」と話す。

     京都の水無月とは形がすっかり変わった地域もある。元々は「貴族が暑気払いに口にした氷をかたどった」とされるが、福岡市和菓子組合が99年から売る「博多水無月」はわらび餅と小豆を使い、ササで包むという大胆な創作で、今夏は21社が42種を販売中だ。組合理事長で「(富貴ふうき)」(福岡県春日市)社長の松本弘樹さん(57)が京都での修業を終えて帰郷した84年から3年ほど京都のような水無月を作ったが、九州にういろう生地はなじみがなく「全く売れなかった」。だが、仲間に呼びかけて始めた博多水無月は20年近くがたち、「こちらで水無月といえば博多水無月」と胸を張る。

     古くはバレンタインデー、最近ではハロウィーンが定着したように「人は元来、遠い地にあるものに憧れ、珍しいものを取り入れるもの」。学芸員資格を持つ東京の老舗「虎屋」の幹部、浅田ひろみさん(48)は言う。では、そもそも京都の水無月はどう形成されたのか。浅田さんの研究によると、夏越しの祓に菓子を食べた記録は室町時代からあるが、ねじった形やまんじゅう形などだった。三角形になったのが確認できるのは大正時代の1918年。38年の製菓本は水無月を「京都名物」と紹介し、68年には老舗の「三條若狭屋」の主人が著書で「菓子屋の知恵で創られました」と書いている。この100年で水無月は変化し、今も変わり続けている。【南陽子、国本ようこ】

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