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福井地震70年

「不死鳥の街」の原点

激しい揺れで大和百貨店(正面)も南側に傾いた。大名町交差点から南東を望む。左隣に見えるのは現在も当時の外観を残す福井信託(現三井住友信託銀行福井支店)。鉄筋コンクリート造り7階建ての大和百貨店は1945年7月の福井空襲でも焼け残り、福井市のシンボルとされた建物だった=福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)で1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)

 1948年6月28日午後4時13分、戦争の傷痕も癒えぬ北陸地方に激震が走った。3769人が犠牲になった福井地震で、福井市はシンボルだった百貨店も崩れ、中心部が大打撃を受けた。95年の阪神大震災まで戦後最大の被害とされた福井地震から70年。毎日新聞の所蔵写真約170枚から一部を紹介し、不死鳥のごとく街を再生させた先人に思いをはせたい。

阿鼻叫喚 今も脳裏に

地震発生直後に大和百貨店が傾く様子を振り返る宇野憲治さん。背後には大和百貨店跡に建った北陸銀行福井支店(右)、被災当時の外観を残す三井住友信託銀行福井支店が見える=福井市中央1で2018年6月12日、山田尚弘撮影

 大地を裂く激しい揺れは、福井市を象徴する建物さえ原形をとどめさせなかった。福井駅の西、市街中心部にあった大和(だいわ)百貨店。太平洋戦争末期の空襲でも焼け残った鉄筋コンクリートの7階建ては南側に傾斜し、被災2日後の1948年6月30日付の毎日新聞は「ピサの斜塔のように傾いている」と報じた。

 「悪夢を見ているようだった。忘れられない」。百貨店跡に建つ北陸銀行福井支店の東隣、被災当時の外観をとどめる三井住友信託銀行福井支店(旧福井信託)を仰ぎ、宇野憲治さん(90)=福井市=が言った。当時20歳。連合国軍総司令部(GHQ)との連絡調整を担う福井県渉外課職員だった。地震発生時は英国人高官を迎えるため、車で福井駅前に来ていた。

 列車の到着時刻を確認した後、車に戻る途中で地の底から響くような音と立っていられぬほどの震動を感じた。地面が割れ、慌てて戻った車内で振り返ると百貨店が傾き始めた。「すぐ崩れると思ったが、5階以上が20~30度傾いて止まった」と証言する。駅前の店舗も押しつぶされるように次々崩れた。土煙が立ちこめる中、店から外に飛び出した人々ががれきの下敷きになった。「阿鼻叫喚(あびきょうかん)だった」。言葉少なに当時の光景を語る。

 後に早稲田大教授となる故松井源吾氏(建築構造学)は地震後、百貨店を調査した。市の「福井烈震誌」(78年)に残る報告によると、百貨店は市内一の高層建造物で、45年7月の空襲で内部が焼けて強度が下がり、地震で柱が折れるなどして傾いた。死者は出なかったが「あまりにも生々しい残酷さ」とつづっている。店はそのまま閉店となった。

 福井市は度重なる災害を乗り越えて復興を果たす。中心部を走る県道は1985年に「フェニックス通り」と命名された。

大きな揺れで福井鉄道の軌道は継ぎ目から盛り上がった。足羽川に架かる幸橋南岸付近の福井市毛矢町(現福井市毛矢2)から北東を望む。左奥に幸橋の欄干、中央に大和百貨店、電話局などの影が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
軌道上で火災に遭った福井鉄道の路面電車。福井市佐佳枝上町(現福井市中央1)から西を望む。手前左は松竹座。右奥の傾いた建物は大和百貨店で、その手前に福井信託が見える=1948年6月撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
被災後にバラック建て住宅が建ち始めた福井駅南側の福井市日ノ出元町(現福井市中央1付近)で、ドラム缶風呂に入る子どもたち=1948年7月3日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)

「震度7」制定の契機 複合災害、都市防災に教訓

 1948年の福井地震を受け、震度の最大値だった「6」が想定する被害を超えていたとして、「7」が翌年設けられた。建築基準法も1950年に制定され、木造住宅の耐震基準を定めるきっかけとなった。

 福井市は45年7月の空襲で市街地の9割前後が焼けて1576人が死亡、930人が犠牲になった地震では全家屋の8割に及ぶ1万2425棟が倒壊し、1カ月後の豪雨は九頭竜川の堤防を決壊させて市域の6割を浸水させた。同じ都市直下型だった阪神大震災(95年)、津波や原子力災害にも見舞われた東日本大

震災(2011年)など、近年の大規模地震を経た今なお、福井地震は都市防災や複合災害に対する多くの教訓を残している。

福井地震と阪神大震災の比較
福井県庁のある福井城跡南側堀端から西を望む。大きな揺れで道路には地割れが走り、木造家屋はほとんどが倒壊した。左奥は福井市役所、正面に見えるのは福井警察署=福井市御屋形町(現福井市大手3)で1948年撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
雨による増水や洪水に備え、九頭竜川に架かる舟橋では復旧作業を急ぐ市民らの姿が見られた。南岸の福井県中藤島村(現福井市舟橋町)から北岸の福井県森田町(現福井市稲多元町)方面を望む。1950年には鉄骨橋「九頭竜橋」が架設された=1948年7月2日撮影(写真説明協力・福井県立歴史博物館)
福井市中心部

 この特集は、岸川弘明、大森治幸、平川哲也(福井支局)、山田尚弘(大阪本社写真部)、上条理枝(大阪本社デザイン課)が担当しました。

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