オピニオン

VRで切り開く医療の進歩 東海大学情報通信学部情報メディア学科 教授
濱本 和彦

2018年7月2日掲出

 人工現実(バーチャルリアリティー、VR)に複合現実(ミックスドリアリティー、MR)、拡張現実(オーグメンテッドリアリティー、AR)など、かつてはSFや漫画の世界に登場するだけだったが、今や身近な分野にも進出している。医療技術に役立てるためのVRを研究している情報通信学部長の濱本和彦教授に研究の最前線を聞いた。【聞き手・銅崎順子】

 

 

 ――まずはVRやMRの定義を解説していただけますか。

 VRやMRは、よく勘違いされているところがあります。たとえば、インターネットで画像を検索すると、頭に機械をかぶっているものが出てきますが、皆さん、あれだけだと勘違いされていることが少なくない。一般的には、コンピューターグラフィックス(CG)のような人工的な情報、コンピューターの世界に入り込んでしまうのがVRです。もう一つ、MRというものがあって、MRとはコンピューターの情報とリアル、現実の情報を混ぜたものです。MRにはARとAV(オーグメンテッドバーチャリティ)と分けられて、ARは現実がメインで、AVは今のところ、よい日本語訳がないのですが、バーチャルがメインでコンピューターの世界を拡張したものと考えてください。例えば、iPhoneの写真をGPS(全地球測位システム)で地図上に落とすようなものです。

 歴史を振り返ると、コンピューターは第二次世界大戦中、大砲の弾道計算のために開発が始まったと言われています。当時は巨大な建物ほどの計算機を使用していたものが、文字を入力させようとキーボードが付けられ、絵を描こうとマウスやペンタブレットが付けられた。そして、絵が描けるなら動画も、という過程で発達して小型化も進んできました。縦、横、時間ができるなら次は奥行き、立体の空間情報を扱えないか、という話に進んでいきます。「絵を描く時にペンを使う」ように、コンピューターで絵を描くためにペンタブレットが付けられました。同様に、コンピューターで空間を直感的に扱うためには、体の動きや目、耳、口を使ったやりとりをすれば楽になります。広い意味でのVRが、この五感を使った直接的なやりとりです。五感を使うのがバーチャルリアリティーであり、頭にかぶるヘッドマウントディスプレーというのがコンピューターが作った空間を立体的に見せてくれるものなのです。VRの一つとして、体の動きを使ったVRをゲームにしたのが任天堂のWiiが挙げられます。とても画期的なものでした。また、最近では、スマートスピーカーなどの音声認識も同様と言えます。

 

 ――VR技術は医療分野でも期待が大きいと聞きます。濱本教授は診断支援システムの開発を手がけているそうですが、どのような研究でしょうか。

 VR研究の方向性は二つあります。そのものの技術を研究することと、何にどのように使うのかを研究することです。私はもともと医療技術が専門です。VRを使う時に必ず出てくる課題が「VR酔い」です。VRの酔いをどうすれば減らせることができるのかという研究や、VR空間での医療技術のトレーニングを研究しています。VR空間での動き方や距離感といった感覚は、現実空間の感覚とは異なります。これを一致させないと難しい手術に対応はできません。そのため、この距離感の違いをどうするかという空間認知についても研究しています。

 具体的には医師のサポートのために内視鏡映像を立体にする研究に取り組んでいます。水頭症を患っている患者さんの場合、脳室に内視鏡を挿入して手術をしています。その場合、手術に使用している脳内の内視鏡は細く、その先端のカメラは、一つしかないなので奥行きは分かりません。これを医師の経験で補って手術しているわけです。これを立体的な映像にすることで、奥行きが分かるようにしようという研究です。

 今は看護師の教育システムへの導入について研究しています。今は、マネキンに生体シミュレーターを仕込んで行われていますが、これをバーチャルでできないだろうかと研究しています。採血のために注射をチクッと刺したとき、人間だと痛いと表情に出ますよね。そんな表情も付けたいと精度を上げているところです。具体的には、プログラムの機能やアルゴリズムは教員が制作しますが、実際のプログラムは学生に任せています。教育現場での導入は近いと考えています。実際の医療現場には技術力の向上と医師の理解が必要です。近い将来、手術計画を立てる時やサポートに活用できそうです。

 命に関わることですので、実際の手術現場での導入はまだ先だと思います。ただ今までになかった情報を知るために画像を撮影して投影するといった使い方は増えていくと考えています。

 

 ――日本最大、世界でも最大級という東海大のVR室がリニューアルされたとのこと。強化された最新鋭の設備を生かし、どのような学部教育をされていますか。

 多面没入型というもので正面と床、側面の3面に映像が映ります。これまでは画像が映るプロジェクターを10台つないでいたので境目が分かったのですが、今回は4Kの画面が3台になり、それは解消されました。高解像度の上、音も静かです。本格的な授業は秋から始めます。学生が使用するコンピューターを40台に倍増させ、プロジェクター付きホワイトボードに映像を映し出してグループワークをすることなどを想定しています。授業をしながら、学生の意見も聞き使い方を考えていくことになりそうです。

 

 ――VR技術に注目し、医療分野への応用を研究テーマにしたきっかけは何だったのでしょうか。

 私は、高専の4年生で選んだ卒業研究テーマが癌の温熱療法に関するシミュレーション研究で、大学に編入後も同様の研究に進みました。博士課程の時に医療画像の研究を開始し、東海大学工学部通信工学科に赴任後、医用画像圧縮の研究を始めました。画像を圧縮保管する際には一般的に画質が劣化しますが、医者が画像の質を落としたくないポイントと医者でない我々の見ているところが違うのです。人の認知と判断について興味を持ちました。それが1996年ごろのことでした。当時は95年にマイクロソフトWindows95が発売され、コンピューターがインターネットに接続され、広く使われるようになったころです。ホームページも使いやすいものにということでデザインや認知の研究に取り組みました。そのような時に本学に電子情報学部が設置され、VRの授業と研究を担当することになりました。

 医療分野へ応用しようと思ったきっかけは、元々医療分野が専門領域だったことと、先にお話ししたように、VRは「人に直感的に情報を伝える技術」であったからです。たとえば、レントゲン画像や超音波エコー画像を見ながら、医師が患者に説明する際にも役立てることができないかと思っています。

 

 ――今後、取り組みたいテーマや分野を教えてください。

 VRの世界は、人とコンピューターが直感的につながるものです。今後、コンピューターはもっとコンパクトになると考えています。軍事利用も考えられるので、功罪やコンピューターとの付き合い方、突き詰めると哲学的なことも考えながら研究に携わっています。一方で、VRの世界を「同じ認知と行動を実現する」という意味で、早く現実に近づけないといけないと思っています。そうすれば現実でできないことをVRで体験できます。VRと現実が同じということになれば、コミュニケーションが苦手な引きこもりの人にVRで体験してもらうことできっかけをつくり、現実の世界に戻ってもらえるようなこともできるのではないかと考えています。

 

 ――若い人たちへのメッセージを。

 本質は何かを見極めてほしいです。一面だけを見ると楽しいけれど、それが発展するとどうなるのか、ということです。何でも簡単に信じるのではなく、本質を見極めるためには教養が必要です。いろんな知識、視点を持ってほしい。そのためには多様な年代の人と話すことです。先生や近所の人と話すことで視野が広がります。知識を入れる器を作ること、人の考えを理解し許容できることは、自分を理解することにもなります。まずは多くの人とコミュニケーションを取ってください。

 

東海大学情報通信学部情報メディア学科 教授 濱本 和彦 (はまもと かずひこ)

東京農工大学工学部電子工学科卒業、同大学院工学研究科電子情報工学専攻博士課程修了。博士(工学)の学位を取得。1994年、東海大学工学部通信工学科に助手として採用され、講師、准教授を経て2009年4月より現職。2017年4月より学部長。専門分野は医用画像処理、認知科学、ヒューマンインタフェース、バーチャルリアリティ。電気学会電子・情報・システム部門役員、日本シミュレーション学会理事、電子情報通信学会東京支部委員等歴任。2006年度電子情報通信学会情報・システムソサイエティ活動功労賞受賞。国際的人材育成活動にも注力し、現在、独立行政法人国際協力機構(JICA)アセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net)プロジェクトにおける情報工学分野の本邦コーディネーター、一般社団法人グローバル人材育成推進協議会(GHRD)理事として活動。