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「黄金世代」抱え箱根上位を狙う 世界と戦える「長距離日本」復活を 東海大学 体育学部競技スポーツ学科 准教授
両角 速

2016年12月1日掲出

 来年1月2日、3日に開かれる第93回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)。4年連続44回目の出場となる東海大学陸上競技部中・長距離ブロック駅伝チームは、昨年末の全国高校駅伝で活躍した有力選手が数多く入学し、上位入賞を狙う。10月の出雲駅伝は1年生の活躍などで3位を獲得する一方、11月の全日本大学駅伝は7位に沈み、課題も浮き彫りになった。チームを率いる両角速駅伝監督に箱根への意気込みや展望を語ってもらった。【聞き手 永井大介】

 

 ――学生三大駅伝のうち、出雲駅伝と全日本大学駅伝が終了しました。出雲、全日本の結果について改めて感想をいただければと思います。

 出雲駅伝(6区間、45.1キロ)には本学の良さが出たと思います。どちらかといえば下級生に力があり、その中でも比較的10キロ未満の短い距離を得意としているスピード型の選手が多いので、その特色を生かせる大会だったと思います。

 一方で、全日本大学駅伝(8区、106.8キロ)は走者も増え、距離も長くなり、出雲のように上位に入るのは難しいのではと思っていたところに、出雲を走った選手2名が故障、大会直前に複数の選手が感染性胃腸炎になり、十分な戦力を整えることができませんでした。出場選手のコンディションが整わなかったことが、2年連続で獲得していた次回大会のシード権を落としてしまった原因だと受け止めています。

 

 ――ただ、出雲では關選手、全日本では館澤亨次選手と1年生が区間賞を獲得するといった大きな収穫もありました。

 關は3区のエース区間で、よく結果を出してくれました。1区の鬼塚翔太(1年)、2区の館澤亨次(1年)がいい流れを作ったので、關の力を引き出すのに大きく貢献してくれたと思っています。とはいえ、關のあそこまでのデビューは予想していませんでした。勢いというか、怖いもの知らずという面が、良い結果に繋がったのではと思います。特に相手となった王者・青山学院大学の下田裕太選手はマラソンも経験している選手。8.5キロ区間とはいえ向かい風が強かったので、後手に回ってしまってもおかしくない局面でしたが、關は「相手が少し、苦しそうだな」と判断し、積極的に前に出ました。そうした判断力は、1年生らしからぬものがあると頼もしく感じました。

 

 ――昨年の全国高校駅伝で「花の1区」を上位で走った選手など、期待のルーキーが多くチームに加わっています。周囲からの期待が大きい分、難しさもあるのではないでしょうか。

 1年生があらゆる距離のレースに対応することは極めて難しいことです。出雲で良かった分、全日本は苦戦しましたし、箱根駅伝は全日本よりもさらに距離が伸びるため、もっと苦戦すると思います。長距離と一言でいっても、1500メートル、3000メートル障害、5000メートル、10000メートル、20キロ、ハーフマラソンと様々な距離と種目があり、あらゆる距離を器用にこなす選手もいますが、そんな選手はごくまれです。一般的に考えれば、大学の低学年で、5000メートルあたりを得意とする選手は、20キロは走りきれない選手も多いのが実情です。

 1年生は、初めての箱根を経験して、それを通じて、日々の練習で徐々に長い距離に対応出来ていくのではないかと思っています。そういう意味では、箱根駅伝1年目で3区で当時の区間新記録を出した佐藤悠基選手(日清食品グループ)や2区で10人抜きを成し遂げた村澤明伸選手(同)のようなレベルの選手は今の1年生にはおりません。そのワンランク下の選手が揃っているという話であって、そこは本人たちもよくわかっています。

 

 ――箱根を知る上級生と箱根を知らない下級生がうまくかみ合えば上位も見えてくるのではないでしょうか。

 そうですね。ただ、上級生がどこまでメンバーに絡んでくるか、という課題があります。今の4年生は1・2年生の時に箱根を経験している選手も多いのですが、その後あまり力を伸ばせておらず、現状維持のままで来てしまっています。今、短い距離が得意な1年生が20キロの距離に対応していくと、上級生がどれだけメンバーに残れるか。ただ、他大学の例を見ても、箱根は10区間の長丁場ですから1年生の勢いだけでなく、経験を積んだ上級生が引っ張っている大学が上位に入っていると思います。新戦力と経験者がうまく融合したとき、本学にも初めてチャンスが出てくると考えています。

 

 ――箱根駅伝まで残り1カ月半です。選手のメンタルはどのように持っていくのですか?

メンタル面は、こちらでコントロールしつつ、キャプテンにゆだねる部分が結構あります。レースが近づくとどうしても、準備不足から不安が先走ってしまうことも多いので、弱気にさせないことが重要です。選手が自信を持ってレースに臨めるよう、戦略を立てたり、コースを下見したり、合宿をしたりしながら、選手の不安を取り除いていきます。

 

 ――先生は、2008年に佐久長聖高(長野)を率いて全国高校駅伝を制し、11年春に母校の東海大に戻られました。高校と大学、指導するうえでの違いはありますか。

 高校生も大学生も社会人も重要な部分は一緒です。いかに競技に集中して取り組める環境を作り上げることができるかだと思います。ただ、大学生のこうした環境作りは相当苦労しています。私が佐久長聖高時代にやっていたのは、選手全員を寮に入れて徹底的に管理し、全員のベクトルを同じ方向に向かせるやり方です。それぞれの1日のスケジュールを分単位で管理することで、競技に集中できる環境を作りました。

 マラソンなどの長距離は苦しい競技なので、どうしても逃げたくなります。そこで大事になってくるのが指導者による管理です。ただ、大学生になると、なかなかすべてのことを指導者が管理することは難しくなります。大学生の多くの選手は、これまでも多かれ少なかれ寮生活のようなことを経験して、ある種の窮屈な青春時代を送ってきたわけです。大学生になったことで、少しは羽を伸ばしたい、これまで監督に押しつけられてきたことを自分の考えでやってみたいという年代に入ってきます。高校で100%を管理していたとすれば、大学では60〜70%ぐらいを管理し、あとは自己管理というスタンスでやっています。

 

 ――そこまで管理を徹底するのはマラソンや駅伝といった競技だからこそということなのでしょうか。

 今、日本の陸上長距離界が衰退しているのは、「管理」がうまく機能していないからではないでしょうか。70年代後半から80年代にかけて日本の長距離界をリードした瀬古利彦さん(DeNAランニングクラブ総監督)が活躍した背景には、中村清監督への心酔がありました。この人の言うことを聞いていれば世界一になれるという疑いようのない師弟関係がありました。中村監督は徹底的に瀬古さんを鍛えあげ、私生活から練習から全てを管理していました。

 先ほども長距離は苦しい競技と申しましたが、上を目指せば目指すほどさらに苦しくなっていきます。そこから選手が逃げないようにするのが指導者の役割でもあるのですが、高校までは出来ていても、大学・社会人はなかなか出来ていません。ごくまれに実業団に所属せず、市民ランナーとして国際大会にも出場する川内優輝選手のように、自分を徹底的に律して自己管理ができる選手もいますが、あくまでもレアケースです。管理が不十分なので中途半端な選手が多くなっているのが実情です。

 

 ――東海大学を指揮されて丸5年が経ちました。5年間で積み上げてこられたもの、まだ足りていないもの、それぞれ教えてください。

 まだ何も積み上げられていないと思っています。才能を持った選手が本学に入ってきてくれていますので、彼らに対して、自分が理想としている方向にどう向かすことができるのかが課題です。選手には管理を徹底しないと強くなれないことは伝えていますが、なかなか実感がわかないのでしょう。今のやり方で結果が付いてこなければ、自己管理のあり方を見つめ直さないといけないことは選手も認識していると思いますが、実践することが難しい。川内選手のようにはなれないというジレンマが学生にはあるんだと思います。

 

 ――長距離界の低迷は、社会の変化も背景にあるのではないでしょうか?

 瀬古さんが選手として活躍していた当時、宗兄弟とライバル関係にありました。中村監督が「宗兄弟はこういう練習をしている。おまえはもっとやるんだ」と言えば、例え、宗兄弟がそんな練習をしていなくとも、瀬古選手は必死に練習についていきました。今はトップ選手自らがツイッターなどのSNSで情報発信をする時代です。どんな練習をしているかがすぐにわかるので、実際は指導者が言うような練習をしていなければ、現代だったら「そんな練習はしてないよ」となってしまいます。

 また、トップ選手が「今日はどこそこに遊びにいった」みたいな感じでSNSに発信すれば、大学生などは「トップ選手もこんな風に遊んでいるんだな」とどんどん緩い雰囲気になっていきます。昔は指導者のいうことが全てでしたし、それ以外の情報も乏しかった。指導者と選手との間には「監督が得てきた情報は間違いない」という強固な信頼関係もありました。

 ただ、社会の変化のせいだけにはできないと思っています。今、佐久長聖高時代の教え子でリオ五輪に出場した大迫傑選手が米国でゲーレン・ラップやモハメド・ファラーを育てたアルベルト・サラザール氏の下で練習しています。大迫選手は早稲田大学時代、練習のやり方で自分のわがままを通してもらっていた部分もあったように思いますが、今ひとつ乗り切れていませんでした。卒業後に拠点を米国に移し、本人はサラザール氏の指導は、ものすごくきつく、やらされている感じではあるが、やらなければ許されない環境と言っていました。でも、大迫選手は自分の競技人生すべてを任せるんだといって、サラザール氏の指導をすべて受け入れています。それが結果につながっているんだと思います。

 

 ――今後取り組んでいきたい課題やテーマ、目標はどんなことでしょうか。

 指導者として、オリンピックや世界選手権等で、世界に通用する選手を育ててみたいという思いはあります。今は大勢の部員を抱えていますが、ある程度人数を絞って、それもマンツーマンに近い状況で、質と量の両面から世界へアプローチする指導をしてみたいと思っています。

 ただ、選手全員が世界を目指している訳ではありません。競技生活の集大成として箱根駅伝を目標においている選手も数多くおります。駅伝となれば10区間あれば3倍、4倍の部員を抱えていないといけないのでどうしても大所帯になりますが、そこをどうコーチと分業して、選手一人ひとりに対してきめ細かい指導をやっていくかだと思っています。ただ、多くの選手が私の指導を受けたいと東海大学に来てくれるので、それをすべてコーチに任せる訳にもいきません。そこをどうするかが今後の課題だと思います。

 

 ――マンツーマンの指導で目指すは「長距離日本」の復活ですか。

 そうですね。やはり先ほどお話ししたような、指導者、監督と選手の関係をもう一度構築したいと思っています。選手がその指導者をきっちりと信じ、お互いに覚悟を持った師弟関係が構築されていなければ、とても世界とは戦えません。こうした形をもう一度作っていきたいですね。

 

 ――最後に在学生だけでなく、広く学生・若者に対してメッセージをお願いします。

 グローバル化が進み、今は先を読む力、洞察力がすごく求められている時代だと思います。一方で、若者の中には今さえ楽しければいいという風潮も広がっているように思います。学生を見ていても新聞を読まず、テレビのニュースさえも見ない。グローバル化の時代に立ち向かうための基本的な部分が養われていない気がします。人間関係もものすごく少数で成り立っているようにも思います。洞察力を磨き、今やっていることの先に自分の将来がどうあるかを考えて、行動することが大事ではないでしょうか。

 メンタル面は、こちらでコントロールしつつ、キャプテンにゆだねる部分が結構あります。レースが近づくとどうしても、準備不足から不安が先走ってしまうことも多いので、弱気にさせないことが重要です。選手が自信を持ってレースに臨めるよう、戦略を立てたり、コースを下見したり、合宿をしたりしながら、選手の不安を取り除いていきます。

 

東海大学 体育学部競技スポーツ学科 准教授 両角 速 (もろずみ はやし)

1966年長野県茅野市生まれ。東海大学第三高等学校(現 東海大学付属諏訪高等学校)を経て東海大学体育学部卒業。箱根駅伝には4年連続出場し、卒業後は実業団で活躍。1995年に長野県佐久長聖高等学校教諭として駅伝監督に就任し、全国高校駅伝には98年から13年連続出場、入賞12回。2008年の第59回大会では2時間2分18秒の日本高校最高記録で優勝。2011年4月に東海大学体育学部競技スポーツ学科准教授、陸上競技部中・長距離ブロック駅伝監督に就任。