オピニオン

海のインディー・ジョーンズになれ 沈没船遺跡から人間の歴史を探ろう! 東海大学 海洋学部海洋文明学科 講師
木村 淳

2016年10月3日掲出

 オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が和歌山県沖で座礁してから、昨年で125年を迎えた。エルトゥールル号や、蒙古が攻めてきた際に沈んだ元軍の船は、今も海底にあり、中には当時の生活や物流を示す貴重な物が多く残っている。こうした海の遺跡から人間の歴史を紐解くのが水中考古学だ。海洋学部海洋文明学科の木村淳講師は、東アジアの船を分析、解釈できる日本で唯一の研究者。海に隠された人類の歴史をたどるおもしろさを聞いた。【聞き手・中嶋真希】

 

 ――海洋文明学科の魅力は。

 東海大学では、文理融合を大事にしています。海洋学部は自然科学系中心の学部ではありますが、環境社会学科、海洋文明学科は人文社会系です。海洋文明学科には、考古学・歴史、文化人類学、海洋政策を研究する教員がそろっています。

 私が扱っているのは、水中遺跡や沈没船遺跡です。人類史の中で飛行機を使うようになったのはまだ最近のことで、それまでは人類は船を使っていました。日本は島国ですから、文化の流入は船を介して行われていました。また、私が大学・博物館の研究職にあったオーストラリアやアメリカは移民の国で、移民はその移動手段として船を使ってきた歴史があります。つまり、国家の成り立ちに、船は重要な役割を果たしており、今日の我々の社会においてもいろいろな部分を船が担っています。東海大学海洋学部が設置されている清水キャンパスは、国際貿易港として機能する清水港の近くにあります。海洋文明学科の学生には、良い環境の中で考古学を通じて過去に目を向け、そして現在を知って欲しいと思います。

 

 ――海のシルクロードがどのような航路をたどったのかを調べています。

 ベトナムの沈没船の調査で多種多様な陶磁器を積載した東南アジア建造の船がみつかり、中国から一度東南アジアに下り、相乗りでインド洋に向かおうしたということがわかりました。「海のシルクロード」という捉え方は以前からありましたが、沈没船からいろいろなことがわかると、「シルクロード」という言葉を使っていいのかという疑問も生じてきます。それは、沈没船から絹は見つからないからです。代わりに見つかるのは陶磁器やスパイス、金属製品など重いモノ。シルクのような軽いモノよりも、重いモノを船の輸送が担っていました。

 また、沈没船から出てくるモノは陸上でも発掘されますが、沈没船の積荷は、陸上のように一個一個出てくるのではなくて、一括で出てきます。いわば、歴史のタイムカプセルと言えるでしょう。すでに使用されたり、消費されたモノではなく、輸送中のモノが見つかりますから、どれだけの量が、どのように運ばれてきたのかがわかります。これらは水中だからこそ見つかる、大変貴重な出土品です。これらを発見するのは、考古学の研究者として一番楽しい瞬間です。

 

 ――陸上で見つかるものよりも、水中のほうが遺物の状態が良いとか。

 場合によって船が沈没するとすぐに砂に埋もれます。空気がない環境だと、バクテリアもいないため、きれいに残ります。地中海では、3000年以上前の船が見つかっています。アジアではそこまで古い船は発見されてないですが、海のシルクロードに関わる8―9世紀頃の船が見つかっています。

 

 ――先生は、船体の構造まで分析できる唯一の研究者と言われています。

 縄文、弥生時代の集落を解釈できる研究者がいるのと同じように、私は海の中にある沈没船を解釈することができます。船がどのように作られ、使われたかを知るには、造船技術に加えて、東アジアという地域性について学ぶ必要があります。これまで、海外にはバイキングなど西洋の船が解釈できる研究者はおりましたが、東アジア地域の船がわかる研究者はいませんでした。また、「モノ」を研究する人はいても、モノを運ぶ「船」の研究者はいませんでした。人間とモノをつないできた「船」を知ることで、様々なことが分かってきます。

 

 ――学ぼうと思ったきっかけは。

 大学に入る前から水中考古学に興味を持っていました。海が好きで、大学入学前からダイビングの資格は持っていました。また、歴史にも興味があったので、それらがあわさって、水中考古学をやろうと思いました。まずは大学4年間で考古学をしっかり学び、次のステップとして、それを海に潜って実践していこうと考えました。私が学生のころは、水中考古学を学べる大学はありませんでしたが、長崎県松浦市で水中遺跡の発掘をしていることを知りました。蒙古襲来で日本を攻めたクビライの艦隊が沈む、鷹島沖です。

 東海大学文学部歴史学科考古学専攻2年次だった2001年、夏休みと冬休みを利用して水中考古学発掘調査に参加させてもらいました。調査がある時はできるだけ参加し、1か月ほど滞在しました。冬もドライスーツ着て潜って、風邪を引いたこともありました(笑)。特定非営利活動法人アジア水中考古学研究所が、鷹島町に委託されて調査を行っており、私が潜った当時は、まだ国の指定を受けた遺跡ではありませんでした。

 考古学を専攻している学生は、積極的に外に出て行く必要があると思います。大学では理論や調査方法を学びますが、それを実践する現場は外にあります。私自身、現場経験を学部生時代に積めたのは良かったと思います。

 

 ――大学を卒業し、オーストラリアの大学院に進学しました。

 アメリカやイギリスという選択肢もありましたが、アジアの船の研究ができるオーストラリアを選びました。まずは大学付属の英語学校に入り、大学院の教育に対応できるアカデミックイングリッシュを学び、その後大学院へ進学いたしました。最初に履修した科目は、タスマニアでの2週間のフィールドスクール。オーストラリアは流刑地で、その中でも特に重い罪を犯した人たちがタスマニアに送り込まれていました。囚人達が暮らしていた刑務所に造船所があり、その造船所を調査することになりました。当時は日本人はもちろん、アジア人は私一人だけでしたが、学部生の時に鷹島の調査に携わっていたおかげで、どの学生よりも現場経験がありました。ただ、語学力という大きなハンデはありました。習ったはずなのに、英語で課題レポートが書けない。なんとか書いて、なんとか終えました。

 

 ――海外と比較して、日本の状況は。

 私がオーストラリアの大学院に進んだ段階では、日本では水中考古学を学べる環境はありませんでした。今、その状況を改善しようと、多くの関係者が努力しています。私も西オーストラリア・マードック大学アジア研究所やシカゴ・フィールド自然史博物館での勤務中にアジアの沈没船遺跡研究を進め、国連ユニスコの会議に出席しアジアにおける水中文化遺産の保護・管理問題を議論しながら、日本の状況を変えたいという思いが常にありました。日本に水中考古学を根付かせたい、またそれを日本で唯一海洋学部がある東海大学で水中考古学をやることに意味がある。そう考え、日本に帰ってきました。

 ようやく国にも有識者委員会が立ち上がったところです。2012年、鷹島の水中遺跡が、「鷹島神崎遺跡」として国史跡に指定されました。国がある程度関与していくことになりましたが、調査を進めるに当たって、指針がない。この状況を改善しようと、13年に水中遺跡調査検討委員会が発足して、私も委員に加わりました。

 

 ――それから3年。状況は変わりましたか。

 だいぶ変わりました。今まで、水中遺跡の調査は自治体・非営利法人、大学によって行われてはいましたが、仕組み作りに国が乗り出したのは大きいです。水中遺跡の保護の在り方について会議を重ねて、報告書を刊行するところまできています。今後は、ガイドラインなども作成される予定です。

 

鷹島海底遺跡沖出土火薬兵器の復元模型:九州国立博物館・松浦市作成

 ――志望する学生も増えたのでは。

 着任して1年半ではありますが、はっきりと「水中考古学をやりたい」と志望してくる学生は増えました。オープンキャンパスでの体験授業でも、興味を持ってくれる受験生が多くなってきました。東海大学海洋学部は、オンリーワンの存在。水中考古学だけでなく、学部全体で志望者が増えてきているように感じます。学部全体のレベルが高くなっているので、私なりにその良い流れを学生に還元していきたいと思います。

 

 ――昨年は、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が和歌山県沖で座礁して125年。映画にもなりました。エルトゥールル号の調査にも、ゼミの学生が参加しました。

 私も客員研究員を務めるトルコの研究所が主体となって行っている調査研究に参加しました。(遺物の入った袋を取り出して)これは、エルトゥールル号から引き上げられた大砲の弾です。これは、さびていますが、電気分解をして原形に近い砲弾にします。学生は、海揚がりの遺物の保存処理を専門にしているトルコ研究者から指導を受けました。海外の研究者と交流することによって、一歩成長できたのではないでしょうか。ほかにも、沖縄に沈んでいるオランダの船の調査にも学生を参加させています。

 

 ――ゼミには、実践を望む積極的な学生が多いのでは?

 私のゼミの4年次生は意欲的ですね。エルトゥールル号の調査に参加した学生が、さらに同時代の北海道近海の沈没船についても調べています。パラオの戦争遺跡の調査をする学生もいます。積極的に外に出ていますね。

 

 ――「海のインディ・ジョーンズになれ」と学生に呼びかけていますね。

 考古学の現場は地味で、インディ・ジョーンズのように派手に鉄砲を振り回すことはありませんけどね(笑)。でも、なぜ多くの人がインディ・ジョーンズに惹かれるかといったら、発見するということに魅力があるからだと思います。考古学者である限りは、発見ということに真摯でいたい。遺跡の中から何かを見つけるというのがすべての原点です。水中には、まだまだ何かが残っています。

 

 ――海洋学部に進みたい、水中考古学を学びたいと考えている若者へメッセージを。

 学ぶ機会を大切にしてほしいです。自分が学んでいることに対して、真摯に取り組んでほしいです。私自身、今の自分は積み重ねでできたもの。今を大切に積み重ねることを大事にしてください。

 

東海大学 海洋学部海洋文明学科 講師 木村 淳 (きむら じゅん)

フリンダース大学院海事考古学プログラム博士修了。西オーストラリア・マードック大学アジア研究所、シカゴ・フィールド自然史博物館勤務を経て現職。専門は水中・海事考古学、沈没船遺跡研究。著書に『Archaeology of East AsianShipbuilding』(University Press of Florida出版)など。